短編時代小説 平安京見聞録

2009年06月29日



平安京は、794年に桓武天皇により建てられた首都である。
現在の京都府京都市中心部にあたる東西4.5km、南北5.2kmの長方形に区画された計画都市である。
だが、碁盤の目のように東西に伸びる道には、犬猫の死骸や人の死骸までほったらかしの不衛生な都市であった。
道の両側の側溝には垂れ流しの糞尿が流れ、道端には牛車の牛の糞がそここに放置されたままで清掃するものもいない。
朱の柱と白壁に囲まれた町の中心部には人が住んでいたが、周りの隅っこの住居はまるで映画のカキワリのような形だけの無人の家だった。

男たち3人は、海沿いの村から海産物を献上にやってきた。
「しっかし、見た目は綺麗だが、えらい汚ねえ町だな!」
「仏さんは道にほったらかしだし・・・」
「とにかく臭ぇ!」

なんだかんだ言いながら、3人はある貴族のお屋敷の門をくぐった。
「おらの村の干物と昆布ですだ!」
頭を下げながら3人は、お屋敷の主に言った。
「大儀であった」
主は、所々剥げている真っ白な顔ををニヤッと笑い言った。
貴族の白粉は鉛で出来ているので、鉛で炎症をおこしているのだ。

男たちは背中に背負っている献上物をヨッコラと下ろした。
干物と昆布の良い匂いが漂っている。

「まあ、美味しそうな匂いですこと!」
主の奥方が、皮膚病の疥癬でまだらの顔をに微笑を浮かべた。
黒々と長い髪のあちこちに、シラミの卵が産み付けてある。
十二単の着物は排便時に汚れた糞尿のシミが、そここについている。
めったに風呂に入らないのであろう、嫌な臭いの体臭は強いお香の匂いでも隠せない。

「なんか、オレはきそう・・・」
「おれも・・・」
男たちは我慢していた。

男たちは平安京からの帰り道、やっと晴れた気分になった。
「俺たちは、毎日川で水浴びするし、着物も洗ってる」
「海の幸で、毎日ごちそうだしな」
「仏さんがいたら必ず供養するべ」
「貴族でなくってよかったなぁ!」
へらへら笑いながら、3人は村へ帰っていった。
  

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短編時代小説 仏師VS禅僧

2009年06月27日



仏師は美濃国の生まれであった。
ノミを旅の友として諸国を行脚しながら仏像を彫っていく。
特に仏門に入ったわけでもないが、木地師と生きていくには仏像を彫るのが一番良い。
流浪の仏師は、麓の村の人々にたのまれ千手観音を彫るために山中に篭っている。
仏像を作る良い木を見つけるためでもあった。

麓に近い祠の前で、仏師は村人からもらった山鳥の肉を焼いていた。
良い香りがあたりに漂っている。
その匂いにつられてであろう、旅の禅僧が仏師に近づいてきた。

「良い匂いでござるな・・」
禅僧は仏師に言う。
「あんたも食べるかな?」
仏師が言う。
「山鳥の肉ですな、いただきます」
そう言いながら、禅僧は肉を美味そうにかじった。

唐突に禅僧が自分の両手をパチリと合わせ、こう言った。
「今音を立てたのは、右手かな、左手かな?」
仏師は面食らったが、すぐにそれが禅問答だと理解した。
しかし、そのようなことにかまけているほど暇ではない。
「右利きなら右手、左利きなら左手が鳴ったのでしょうな」
仏師はいい加減に答える。

にやけながら禅僧が言う。
「そのように理屈で考えるのは未熟な証拠ですな」
見下すように禅僧が笑った。
仏師は癇に障ったが、事を荒立てるほど暇もない。
「そうですな、わしはまだ未熟者ですわ」
仏師は適当に言葉を濁した。

禅僧がなおも続ける。
「あんた、わしの弟子にならんか?悟りを与えてしんぜよう!」
傲慢な態度で禅僧が言う。
仏師は腹が立ってきたので、こう言った。
「もう一度両手を合わせて音を出してくださらんか?」

禅僧は言われるがまま、両手を合わせてパチンと音を出す。
すかさず仏師が、持っていたノミを禅僧の合わせた両手に突き刺した。
禅僧の両手は刺されたノミが貫通し、血がダラダと流れている。

仏師が言う。
「今痛いのは、右手かな?左手かな?」
禅僧は激痛でものも言えない。
仏師は続けて言う。
「肉を食うなど僧侶としてあるまじき所業。どうせ、あんたはエセ禅僧じゃろう!村人をたぶらかすためにここにきたんじゃろうが!」
仏師は、痛みで転げまわる禅僧の襟をムンズと掴んで、近くの崖から谷へと突き落とした。
禅僧は叫びながら崖を転がるように落ち、はるか下の岩に激突した。

「あのような輩は、多くの人々を煙に巻き苦しめる詐欺師じゃ!殺しておくのがよかろうて・・・・」
崖の下にパチンと手を合わせながら、仏師は言った。
「今なった音は、わしの右手でも左手もない、森羅万象すべてが鳴ったのじゃ!」
「南無阿弥陀仏!」  

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短編時代小説 レジェンド・オブ・ケンゴー

2009年06月26日



武蔵は狂気の剣豪である。
老人子供も容赦なく殺し、罪悪感を抱くこともない。
また、勝つためには手段も選ばない無頼漢でも会った。
相手が自分より強いと感じれば、何人もの弟子に命じて、背後からめった刺しにすることもあった。
木の上から突然に飛び降り相手の意表をついて殺したり、あるいは、相手の刀より長い木刀で撲殺したりもする。
常識を無視したゲリラ戦法である。
とにかく、相手を殺すこと以外何も考えないサイコな剣豪である。
あるいは、殺すことに快感を覚えるパラノイアであったかもしれない。
武蔵は、その狂気ゆえに仕官することも出来なかった。
形式や上下関係や作法をを重んじる武家社会では、ゲリラ的剣法はそぐわないのだ。

そんな武蔵が或る日、若い剣術士から決闘を申しこまれた。
まだ子供のような、未熟な剣士である。
名もない剣豪であるが、逃げたとあっては経歴に傷がつく。

若い剣士は、だだっ広い草原を決闘の場所に選んできた。
剣士が広い草原を選んだのには訳があった。
武蔵の弟子たちが潜む場所がないように、背丈よりも高い萱の草や林が近くにない草原がよかったのである。
たとえ武蔵に勝ったとしても、弟子たちに殺されたのではたまったもんではない。

広々とした草原で、若い剣士と武蔵は決闘に及んだ。
空は曇天で、今にも雨が降り出しそうである。
かなり遠くの場所に林がある。
おそらくは、その辺りに武蔵の弟子たちが潜んであるのだろうが、決着をつけてから逃げる時間はある。

「武蔵、この日が来るのを待っていたぞ!」
若い剣士が言う。
「この若造が、わしに勝とうと思うのは百年早いわ!」
武蔵が笑いながら言う。

「これは敵討ちです!父はあんたに殺された吉岡一門の一人です!その他大勢の人間のことなんか覚えていないでしょうけどね・・・」
若い剣士が言う。
「そうよ!いちいち殺した人間など覚えておらぬわ!」
武蔵は笑いながら言う。

「武蔵さん、わたしは必ず勝ちますよ!」
若い剣士は、そう言いながら刀を抜き、そのままそれを地面に捨てた。
「刀を捨てるとは、もう負けを認めたようなものだっ!」
武蔵が言った。
「どこかで聞いたような台詞ですね・・・」
そう言いながら、若い剣士は懐から短銃を出し、武蔵めがけて引き金を引いた。
短銃から放たれた弾丸が一直線に武蔵野の額を撃ちぬき、武蔵は声を出す間もなく絶命した。

若い剣士は死んだ武蔵に向かって言う。
「これは、武蔵さんから学んだ兵法ですよ・・手段を選ばず勝つという」
そう言いながら若い剣士は、振り返ることもなく脱兎のごとく逃げていった。

これを見ていた武蔵の弟子たちが叫びながら、こちらへ走ってくる。

武蔵野亡き骸の前で、弟子の一人が言う。
「追っかけて、しらみつぶしに奴を見つけ殺しましょう!」
一番弟子であろう男が答える。
「いや、もう無駄な殺生はやめにしよう・・・」
「師匠が死んだ以上、もう我々が決闘をする意味もない」
別の弟子が言った。
「新しい剣豪伝説のはじまりじゃ!」
「宮本武蔵は偶像化され美化され、すべては美談になり伝説となる」
「そうじゃ、後の世に英雄伝説を残こそう!」
「武蔵作のもっともらしい精神修行の本も書いておくべきじゃな!」
「われら武蔵一門が宮本武蔵の伝説を作るのだっ!」
「おお~っ!!」

こうして宮本武蔵の剣豪伝説が出来上がった。

  

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短編時代小説 地獄でアマ~ゴ!

2009年06月25日



飛騨の国の清流・宮川の上流で男はヤマメなどを捕って生計を立てていた。
今日も数時間の漁を終え、焚き火にあたっていた。
捕れたヤマメやアマゴは、麓の高山の町の魚屋に持っていく以外の残りは焚き火で焼いて食べるのが習慣だった。
男は、近くの森で切った竹を細く削り、竹串をアマゴの口に刺し、焚き火の周りの土に刺した。
川魚の香ばしい良い匂いが、谷に充満するかのようだ。
良く焼けたアマゴを口いっぱいにほうばりながら、男は思わず口走った!
「うまいっ!」
舌鼓を打つ!とはこのような味を言うのだろうと男は心底思う。
「ほら、おまえも食いたいだろう」
そう言いながら、いつでも連れ歩いている犬にも分け与えた。

焚き火の燃える枝がパチパチと音を立てるにに混じって、森の奥からうめき声が聞こえた。
「たすけて・・く・・れ・・」
ぼろぼろになり傷だらけの僧侶が、竹やぶの間に倒れていたのだ。
男は、急いで僧侶を焚き火の所に担いでいった。

川の水を、僧侶の口に含ませ、僧侶が落ち着くのを待った。

僧侶は、息絶え絶えに言った。
「私は、托鉢の帰り道に・・・山の道に迷ってしまいました・・」
漁師の男は、良い具合に焼けたアマゴを僧侶に差し出しながら、
「ほら、アマゴでも食べな!元気がでるぜっ!」
香ばしい良い匂いが僧侶の鼻腔をくすぐっている。

「・・ああ、ダメです・・私は殺生はできません・・・」
僧侶は仏門の修行僧らしく、肉食を拒否した。
「殺生ったって、もう死んで焼けてますぜ!」
男は、あきれて言った。
「魚を食べるなど、仏の道に反します・・・」
ゼイゼイ息を切らしながら僧侶が続けて言う・・・
「そのような、肉食をしたならば・・・地獄に落ちてしまいます」

「食べなきゃ、今すぐあの世は行っちゃうけどな・・」
男が、アマゴをほうばりながら言った。
「しかし、殺生の教えを破れば地獄へ落ち・・ます・・・」
その言葉を最後に、僧侶は息絶えた。

男は、両手を合わせながらつぶやいた。
「地獄が恐くて、こんな美味いもんを食えんとは!」
男は腹いっぱいにアマゴを食べ、残りを相棒の犬にやった。

「このお坊さんの亡き骸は、このまんまにしておくべ」
「狼のいい食いもんになるからな」
「狼は、肉食っても地獄にゃ落ちんよ!」
夕暮れになり、山々が赤く染まっていく。
男は、覚えたばかりの浪曲を口ずさみながら家路に帰る。

「馬鹿は死ななきゃ~なおらなぁ~い・・!」
  

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時代短編小説 生首フリーマーケット

2009年06月24日



関ヶ原の戦では八千人あまりの戦死者がでたという。
戦場は死体の山で、戦場を流れる川は真っ赤に染まった。
今でも「黒血川」というエキサイティングな名前の川が流れている。

死んだ武士の首は通貨として通用する。
部隊を解雇された雑兵や傭兵、また近所の百姓までもが、死体から首だけを切り離し生首市場で武将の首を売っていた。
特に位の高い武将は値段が高価に売買される。
そのためか、死体から武具や兜だけを引っ剥がし、名もない兵士の生首にもっともらしい兜をかぶせ位の高い武将に見せかけたりした。

生首市場は、今でいうフリーマーケットのようなものである。
傭兵に徳川も豊臣も善も悪も無い。
徳川方だけでなく豊臣方の傭兵まで呉越同舟、和気藹々と仲よく生首を売っていた。
市場は生臭い血の匂いで充満していたが、そんな悪臭もしばらくすると慣れてしまうものだ。

傭兵の五作は、徳川方に雇われていたが戦の混乱に乗じて生首市場で生首を売っている。
なにしろ元はタダである、どうせ傭兵の稼ぎなどしれているのだ、この機会に儲けない手はない。
ゴザを敷いて、死体から切り離した生首を無造作に十数個並べている。
中には腐り始めて腐乱臭を放ち眼球がドロリとたれているものもある。

五作のゴザの前に位の高そうな武士が二人やってきた。
五作の見覚えのある武将である。
しかし、相手の武将は一傭兵である五作のことなど知りもしないであろう。

「この首はいくらだ?」
武将の一人が五作に言った。
「この首ですか・・・位の高そうな武将ですよ」
五作はもったいぶって値を吊り上げようとしてる。
「だから、いくらだと聞いておるのだっ!」
武将は高飛車に言った。
「そうでございますね・・・三両でどうでしょう」
五作は相手の顔色をうかがいながらにやけた顔で言った。
「三両か・・・高い!一両にならんか?」武将が言う。
「この兜からすると、相当位の高い武将ですぜ!」
五作は考えるふりをしながら続けて言った。
「二両でどうです?」

「二両か・・・よかろう、その首を売ってくれ」
武将は部下であろうもう一人の武将に二両払うように命じた。
五作はありがたく二両を受け取り、並べてあった生首の一つを武将に渡した。
どうせ元はタダの生首である、二両の大儲けである。

少し離れた場所で、二人の武将のひそひそ話しが五作に聞こえた。
「この首は親方様に間違いない」
「目の下の小さな黒子が証拠でござるな・・・」
「なぜ親方様の首を値切ったのでござるか・・」
「値切らず飛びついたのなら、素性がバレんとも限らんからな・・・」
「しかし、親方様の首が二両とは情けない・・」
「だから、用を足すときは我らの目の前でと、念を押したのに・・・」
「小便をしている背後からでも切りつけられたのであろう・・・」
「無念でござる・・・」
一人の武将の目からハラハラと涙がこぼれているのを、五作は遠目からだがハッキリと見て取った。

「チッ・・・しまったぜ、もうちょっと値を吊り上げりゃよかった・・」
聞こえぬふりをしながら、さも残念そうに舌打ちをした。
五作は懐にある二両を撫でながら考える。
「これで半年は遊んで暮らせるちゅーもんだぜ・・」
「そらとも、これを元手に小商いでもするか・・・」


夕暮れも過ぎ、空に星が見て取れるくらい暗くなってくると、生首フリーマーケットもお開きになる。
なにしろ累々と死体の山に開かれた市場である。
湿気の多い日など、死体に含まれたリンが発光し、ユラユラと光る人魂の盆踊りが出現し気味の悪いことこの上ない。

五作はゴザの上の生首をほったらかして、その場を離れた。
また明日になれば五作のような名もない傭兵が、このゴザの前に座って腐りかけた生首を売るのだ。
「京にでもでかけるか、それとも尾張にでも出て美味いもんでも食うか・・・」
懐の二両をカチカチさせながら、これからのことを考える。
「そうだ、京都行こう!」
そう決意すると、五作は京都へ向かう細い山道を歩いていった。

深い山々に囲まれた関ヶ原の山道は、夜になれば真っ暗で何も見えないに等しい。
時折、オオカミの遠吠えが聞こえるだけである。
そんな山道をとぼとぼ歩く五作の背後から、突然ガサゴソと音がしたかと思った瞬間、五作の胸のあたりが焼けるように痛んだ。
五作の意識が一瞬に消滅し、地面の上に転倒した。
五作の体の回りの土が鮮血で染められたが、闇の中ではそれすら見えない。

「やったか・・」
さきほど生首を買った武将が、五作の胸を突き刺したのだ。
「死んでおります・・・もう安心です」
「これで、親方様が死んだ秘密は守られるでしょう」
「まだ、親方様には生きていてもらわなくては困る」
「影武者を用立て、5年後くらいに病死と言うことで死んでもらおことにしよう・・」
二人の武将は五作の死体を後に、関ヶ原の闇の中に消えていった。

生首市場は命がけのフリーマーケットである。
値段の高い生首はリスクも高い。

関ヶ原の山道に横たわる五作の首は、、また誰かの手によって胴体から切られ、生首市場の格安商品として並ぶことだろう。
  

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時代短編小説 お紅の渡し

2009年06月23日



長良川の中流に「お紅の渡し」という渡し舟がある。
江戸時代からある渡しで、中仙道を行く旅人に重宝がられた。

若い下級の武士であろう、質素な着物にはつぎあてが数箇所ある。
何かの命でも受けているのだろうか、あるいは家族の元に帰るところであろうか、中仙道を急いでいるようだ。
細い道をくぐりぬけ、寺の境内をつきぬけた川原に「お紅の渡し」があった。
その若い武士は渡し賃二文を船頭に払い、渡し船に乗った。
船にはその武士と汗臭い匂いのする禅僧、商人であろう中年の男と、お伊勢参りの帰りのような風体の夫婦が乗っている。

とうとつに、禅僧が若い武士に言った。
「貴殿は悟りを得たいと思ったことはないか?」
若い武士は、ちょっとい汗臭い匂いにムッとして答えた。
「特にそのようなことは・・・・」
禅僧は哀れんだ表情で言う。
「人はこの世に生まれた限り、悟りを得ないといけません」
若い武士は答えた。
「わたしは僧侶でもないし、特に悟りなど興味はありません」
禅僧は、やれやれとでも言いたげに若者に向かっていった。
「人は悟りを得るためにこの世に生まれてきたのです、武士でも僧侶でも関係は有りませんぞ」

「しかし、私は武士ですので修行の時間を持ち合わせていません・・・」
若い武士は丁寧に禅僧に答えている。
「いやっ!武士とて悟りを得なければ生きる意味はない!」
禅僧は強い口調で言った。
「そんなものでしょうか?」武士が言う。

「そうじゃ、悟りは万人に必要なものじゃ」
禅僧がもったいぶって言う。
「和尚さま、悟りを得ると何か良いことがあるのでしょうか?」
若い武士が質問をした。
「うむぅ・・・それは、悟りを得れば幸せな人生が送れる」
禅僧は重々しい態度で、武士に言った。

若い武士は、ちょっと考えながら禅僧に、また丁寧に言った。
「私は下級の武士ですが、貧しいながらも家族みんなで幸せに暮らしています。これ以上何を望むものがあるというのでしょう!」

禅僧はにやけた面構えで、武士に言う。
「そのような幸せも幻のようなもの、すぐに消えてしまうぞっ!」
「いえ、幻だろうが何だろうが、私は妻や子供を愛しております」
若い武士は強い意志で答えた。

禅僧は、なをもネチネチと悟りを薦める。
「この傲慢な奴め!この世は幻じゃと言っておろうがっ!」
武士はむっとした気分で、しかし、きっぱりと禅僧に言う。
「幻であろうと、私はこの世が好きです!」

「この虚け者めっ!」
禅僧が恐ろしい顔で、若者を睨みつける。
「何十年も修行してきた、わしが言うことに間違いはない、わしが神じゃ!」

若い武士は悟った。
「この僧侶は完全に気がふれている、何を言っても通じることはない」
そう気がつくが早いか、若い武士はその禅僧の尻を思いっきり蹴飛ばした。

汗臭い匂いを残して禅僧は、もんどりうって川の中へ落ちていった。
ザバ~~ン!!
水しぶきが渡し舟中にかかった。
相乗りしていた商人も夫婦もずぶ濡れになったが、怒るものはいない。

そして、水面でアップアップしている禅僧に向かって隣の商人が叫んだ。
「おとといきあがれ!」
  

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短編小説 桃源茶屋の旗

2009年06月22日



江戸時代中期に禅問答が流行った。
修行中の禅僧は言うの及ばず、一般の庶民にまで禅問答が粋な趣味だともてはやされた。

旅人が峠の茶屋で団子を食べている。
茅葺の質素な茶屋であるが団子が美味いと言う評判で、中山道の旅人は必ずそこの茶屋の団子を食べ、また旅を急いだ。
杉の木の縁台に腰掛けながら、旅人は美味い団子をほおばりながら遠くの景色の山々を眺めていた。
縁台の上空には、茶屋の屋号である「桃源茶屋」の旗が風にそよいでいる。

旅人が団子を食べ終えほうじ茶をすすっていると、破れてぼろい袈裟を被った禅僧が近づいてきた。
「そこの旅のお人!」
禅僧は縁台でくつろぐ旅人に声をかけた。
「私ですか?」旅人は禅僧に向かって答えた。
名のある禅僧であろうか、禅僧はもったいぶって言う。
「そこの旗は、風が動かしているのか旗が動いているのか、どうっちかのぉ」
旅人はきょとんとして禅僧を見つめ返す。
禅僧は旅人が面食らっているのが面白そうに、また大げさに言った。
「そこの旗は、風が動かしているのか旗が動いているのか、どうっちかのぉ」
旅人は気味悪くなって、その禅僧を無視するように空をながめ、懐の財布をごそごそ捜す真似をしている。

禅僧は、なをもしつこく聞いてきた。
「そこの旗は、風が動かしているのか旗が動いているのか、どっちかと聞いておるのだ!」
旅人は、しつこさに負けたのか面倒くさくなったのか、いい加減に答えた。
「風が旗を動かしているのでしょう・・・」
禅僧は、その言葉を待っていたかのように言った。
「旗を動かせているのは、風でも旗でもない、あんたの心が動いているのじゃ!」
「はぁ・・・・・?」旅人はあっけにとられて唖然としている。

「どうじゃ、あんたの心が動いておるんじゃぞっ!」
禅僧が、ニヤニヤしながら勝ち誇った態度で旅人を見下している。
その勝ち誇った態度が癇に障ったのか、旅人は急に腹を立て言った。
「心が動いていようが、旗が動いていようが関係ねぇーぜっ!
俺は団子食ってるだけだっ!バカヤロー!」
そう言うが早いか旅人は禅僧の股間を思いっきり蹴った!

禅僧は悶絶し、地面にうずくまったまま動かない。
旅人は胸糞が悪くなった様子で、禅僧につばを吐きかけて峠の坂道を下っていった。
  

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