地下室の巨大魚

2008年07月20日



もう35年以上も前のことではあるが、不思議な生物を見た記憶が鮮明に残っている。
私は芸大受験のデッサンの練習のため、親類の家の一室を間借りしていた。
6畳一間の畳の部屋で、その下には工場として使われていた地下室がある。
その地下室は新築の工場が出来たため、もう放置された状態で雨水が天井近くまで溜まり、大きな水槽のような状況になっていた。
大きさは6畳一間の大きさで、深さは2メートル近く水が溜まり、水槽として考えればかなり大きな水槽である。
地下室なので光もあまり届かない暗闇の中の水槽である。
その水の中には、ボウフラの繁殖を防ぐために鯉や鮒が飼われていた。
上の部屋でデッサンをしている時など、下の地下室ではパシャパシャと魚の跳ねる音が聞こえた。
時折、大きな音で水の跳ねる音がして、ドキッとしたものだ。
いったいどれだけのサイズの魚を飼っているのだろうか?いつも訝しく感じていたのだ。
しかし、いつ地下室を覗いてみても真っ暗な水面が見えるだけだった。

工場であった地下室に水が溜まった水槽は、見るからに不思議な風景であった。
何かの小説や映画にでも出てきそうな雰囲気である。

或る日、あまりにも大きな音で水が跳ねる音がするので、デッサンの作業を止めて地下室の池を見に行った。
真っ暗な水面が、薄っすらと差し込む光に照らされて、ザワザワと波立っている。
その水の波紋が波のように大きいので、何事が起こっているのか理解できないでいた。
その瞬間、2メートルほどもある大きな魚がバシャッバシャッと泳いでいる影が見えた。
あまりの大きさに目を凝らして見つめると、ゴルフボールくらいの大きさの目玉が私をギロリと睨んだように見えた。
どう見ても、この地下室には大きすぎるサイズの魚である。
鯉であると考えても、大きすぎるように感じた。
時折水面に覗かせる背びれは、まるでジョーズを髣髴させた。
しかし、大きな魚を飼っているんだなぁ・・・というくらいの気持ちでいたので、私はそのまま上の部屋に行き、デッサンの練習を続けた。
この部屋の下にあんな大きな魚がいると思うと、ちょっと奇妙でドキドキした気分にさせられたが・・・。

後日、その魚の話を親戚の人に話したが、そんな大きな魚は飼っていないと言うことだった。
数年後、その地下室は取り壊されたが、2メートルもの魚は言うに及ばず、魚の骨すら発見されはしなかった。

今思うと、いったいあの魚は何だったのだろうかと思う。
単なる見間違いだったか、それとも異世界の怪物だったのだろうか。
あるいは妖怪の類の生き物だったのだろうか。
今となっては知るすべもない。

  

Posted by さかいほういち at 22:48Comments(0)夏物語

滝壺の巨大な大山椒魚

2008年07月17日



長良川の上流に「夫婦滝(みょうとだき)」という滝がある。
ひるがの高原に入る直前、分水嶺の2・3km手前の道路を少し入った所にある。
大小2本の滝が流れているので「夫婦滝」なのだろう。
私がその大きな悠々たる生き物を見たのは、雪解け水が滝に流れ込み、夫婦の大小の2本の滝が生き生きと流れ落ちるころだ。
水量は、溢れんばかりにゴウゴウと流れ落ち、滝壺には水が満々と満ち溢れていた。
滝の回りの木々の何色もの緑が、目と体と心に染みこんで心地良いことこの上ない。
滝壺は直径20メートルほどの円形状になっていて、深さは5メートル以上あるようにも見えた。
しかし、その深さも感じさせないくらいに水は澄み、手を水面に突っ込めば、直ぐにでも底に触れるような錯覚を覚えるほどの清流だ。
といっても、まったくの無色透明ではなく、若干の緑色を伴なった美しい滝壺であった。
滝から流れ落ちる清流が周りの岩岩に当たり、生物に生気を与えるマイナスイオンを惜しげもなく発散している。
私は大きく息を吸い込んで、大自然の気を味わっていた。
まさに「大気」であると堂々と宣言しても偽りの無い、生命力に溢れた「気」であった。

滝壺には、イワナであろうかヤマメであろうか、産まれて間もない大きさの魚が楽しそうに泳いでいる。
小石をポンッとその水面に投げると、それらの小魚が餌と勘違いして群がってくるのが面白い。
水面の振動に反応しているのであろうか、その魚たちの素早さといったらない!
1個2個と小石を投げる・・・すると、魚の群れがササッと水面の波紋の中心に寄ってくる。
その様はまるで、磁石に吸い付けられる砂鉄の様でもあった。

何個も飽きずに小石を投げていると、滝壺の底で、何か茶色いものが動く気配を感じた。
それはのそりのそりと水中をユックリと這う様に現れた。
大山椒魚である。
水の深みが邪魔をして、その大きさは定かではないが、2メートルほどもあるように見えた。
その大山椒魚は大自然の賢者のごとく悠々と水の底を歩き、その滝全体を眺めながら周りの環境を制御しているかのようだ。
水の賢者のごときその大山椒魚は、私の存在を気にすることもなく、滝壺の端から端へユックリと歩いていった。
その堂々たる仕草は、大自然の精霊であるかのように思える。

大山椒魚は、1年に1cm成長するとも言われている。
2メートルほどの大山椒魚ならば、200年もの長きを生き抜いてきた生命だ。
畏敬の念を感じざるを得ない。
わたしは、その悠々たる大山椒魚の動作を、強い感動を覚えながら眺めていたのであった。

  

Posted by さかいほういち at 22:31Comments(2)夏物語

荒田川の主

2008年07月16日




私の通っていた中学校の隣に荒田川という川が流れていた。
日本の公害訴訟第一号として教科書にも載っていた長良川の支流である。
その当時も川の水は汚れ放題で、夏の暑い日など悪臭が酷く、学校の窓など開けた状態ではいられないほどだ。
その様な水の状態にも関わらず、鮒や雷魚など多くの魚が生息していた。

(まだこの中学に入る前だが)小学校の休日には、この川によく魚を捕まえに来たものだ。
どす黒く汚れた水の中を手当たり次第に網をすくうと、必ず数匹の魚が網の中に入っていた。
斑の文様が気味悪い雷魚とか、10cmくらいの鮒とか、時には鯉なども捕獲できた。

ある雨上がりの日、荒田川に魚を捕まえにやってきた。
前日の雨で水かさが増し、濁流となった荒田川は危険な風景であった。
しかし、そのような状況でも子供は遊んでしまうものである。
私は、濁流の奥深く網を入れ、魚をすくっていた。
しかし、魚は一匹も捕獲できない。
何度も何度も、その濁流に網を差し入れるのだが、いっこうに魚は入ってこなかった。
その時、唐突に人間の頭部ほどの黒い生物の頭がボコリッ!と水面に浮かび上がった。
それは、見たこともないような生き物だった。
人間のような顔にも見えるし、巨大な魚のようにも見えた。
それは一瞬の出来事だった。
1秒にも満たない瞬間だっただろう。
その不気味な生物は、私の姿を確認したのかすぐさま濁流の奥深くに沈んでいった。

わたしは、その生物の話を友人に話したが、誰も信じてはくれなかった。

そんなことも忘れかけていた或る日、私はまた荒田川に魚を捕まえにそそくさと出かけた。
天気も上々、荒田川の水もそんなには濁っていない。
荒田川のすぐ傍には、田んぼに水を供給する用水路がある。
地下水を汲みあげているのだろう、直径5m水深5mくらいの井戸のような池が用水路の始発点だ。
滾々とポンプでくみ上げる地下水は、荒田川の水とは違い綺麗に澄んだ水で、深い池の底までハッキリと見えた。
その井戸状の池の深い部分には、大きな魚が悠々とたむろしていたが、私の網では救い上げるのは無理な深さだ。
底の横の部分には、ポンプの配管のような丸い口がポッカリと開いている。
その暗い口の中を、魚たちは入ったり出たり、私の心をあざ笑うかのように楽しげに泳いでいた。
その時、私はまた見てしまったのだ。
暗い丸い配水管の中から出現した黒い生物を。
その生物は、悠々と泳ぐ魚をサッと口にくわえ、すばやく一瞬に配水管の中へ入っていった。
あまりのすばやさに確かな形は確認できなかったが、両手両足とシッポがあったのが確認できた。
しかし、その時私は確信したのだ、あれがこの川の主であると。  

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妖怪・会わずの火

2008年07月07日



「会わずの火」という妖怪がいるらしい。
真夜中に人どうりの無い道を歩いていると、ボゥッと鈍い光が前方に現れる。
その光は直径30Cm~50Cmくらいで、人魂のようにぼやけた明かりらしい。
逃げようとすると必ず前方に現れ、行く手をふさぐ。
しかし、その明かりに近づくと、明かりは距離を保ったまま、スゥッ・・と遠のいてしまう。
直接危害を加えるわけでもなく、人恋しそうに、あるいは恨めしそうに通行人に纏い付く妖怪のようだ。
絶対に会うことのない火、なので「会わずの火」と呼ばれているそうだ。

子供の頃私は、この妖怪の話が恐くてしょうがなかった。
危害を加えない物の怪でも、子供を恐がらせるには十二分の存在感がある。
ましてや、霊魂のように恨めしいオーラを発散しながら向かってくる化け物など、御免こうむりたい。

我が家から母方の実家へ行く途中の道に、この「会わずの火」が出る場所があった。
当時はバイパスなども無く、自動車すらほとんど通らない細い田んぼ道が現場である。
深夜など周りは真っ暗で、いかにも化け物が出そうな感じの道だった。
ある日、父の運転する車で、この「会わずの火」の出る場所あたりを通り抜けなければいけない状況になった。
実家にいる母を迎えに行くためだ。
その真っ暗な道で、父がいきなり尿意をもよおし、車を止めたのだ。

父は車のドアを開け、田んぼに向かって放尿している。
辺りは真っ暗で、カエルの声が陰気に聞こえてくる。
すると、私は、車の前方に光るものを発見した。
そして、遠くの方の明かりが、だんだんこちらに近づいてくるではないか。
子供の私は、顔面蒼白になり、全身が恐怖で満ち溢れた!
私はその光が「会わずの火」であると思った。
父はまだ気がつきもしないで放尿している。
そして躊躇無く、その光は私に向かって前進してくる。
その光が私の乗っている車に接近したとき、その光から音がした。

リンリン!
自転車のベルの音。

いま、この道にはバイパスが通り、回りはコンビニやファミレスで不夜城と化している。
  

Posted by さかいほういち at 19:30Comments(0)夏物語

影が七色に見えた部屋

2008年07月06日



明治の初期に建てられた我が家には中庭があり、それを眺めるように座敷が作られていた。
座敷は12畳くらいの広さで、床の間がある。
そこから眺める中庭には、中心に大きな岩が鎮座しており、松や紅葉の木々が季節を楽しませてくれた。
今では庭の手入れもしていないので、ヒヨドリなどが運んだ種の数々が成長して小さなジャングルと成り果てている。

子供の頃は、この座敷で昼寝をするのが日課であった。
遊びつかれたときなど夕暮れ時まで寝入ってしまうこともある。
眠りから覚め、寝ぼけた目に映る部屋の光景は、庭の木々から射す木漏れ日が畳の上に投影され、さながら幻灯機を眺めるかのような幻想的な光景だった。
不思議だったのは、いつのこの部屋で見る自分の影の色が灰色に見えたことが無いことだった。
影の色はモノトーンではなく、赤い色や紫色は青や黄色に色付けられた影絵で見るような色なのだ。
この美しい影の色が楽しくて、私は自分の影を飽きることなく眺めていた。
庭を背にして見ると、自分の形をした人型の影が薄っすらとした紫色に見えるのは不思議だった。
あるいは、手で作る狐のシルエットが黄色だったり、座敷の障子の棧の影が青色だったり、それは見飽きることは無かった。
ある日の夕暮れ時、ふと目覚めると、座敷の縁側に腰掛け庭を眺める母の影が黄色から赤に、そして紫から青にユックリと変化していく光景は神秘的ですらあった。
今この部屋で見る影は、モノトーンの影が見えるのみである。  

Posted by さかいほういち at 19:18Comments(0)夏物語

突然に鳴る柱時計

2008年07月05日



私の部屋の隣は物置だった。
そこには古びた年代物の柱時計がかかっていた。
それはもう随分昔に壊れてしまったであろうと思われるのは、埃の積もりぐあいでわかった。

我が家は明治時代に建てられた古臭い家である。
骨董品のようにその時計が、私の子供の頃には、もうそこに放置したようにあった。
この柱時計が、時々思い出したかのように時刻を知らせることがあった。
それは、深夜であったり明け方であったり、一定ではない。
刻む時刻も、1回であったり5回であったり、これも一定ではなかった。

ボ~ンボ~ンと柔らかい音をたてて鳴る、その時計を「曾おじいさんの時計」と家族のものは呼んでいた。
音が鳴ったときには、その曾おじいさんがやってきているのだと、祖母は言っていたのを思い出す。
深夜、受験勉強をしてるときなどにボ~ンと鳴るとギクリとしたりもしたが、怖いと思ったことなど一度もなかった。
深夜に寝静まった頃、暗闇の中でボ~ンボ~ンと突然に鳴る音が、今では妙に懐かしく思い出される。
見たことも会った事もない曾おじいさんの姿を想像しながら眠りにつく、子供の頃の思い出である。  

Posted by さかいほういち at 23:57Comments(0)夏物語

夏なので怖い話 トンネルの怪

2008年07月04日

友人と共に今庄蕎麦を食べに行った帰りの話である。
福井の今庄から敦賀に向かう海沿いの道路で、昔鉄道だった路線の部分を道路にした道があった。
非常に狭く長いトンネルで、私のワンボックスカーが通るのがぎりぎりの幅であった。
サイドミラーからトンネルの壁までの間隔は10cmもないように思われた。
しかもこのトンネルは一方通行ではないようだった。
その道を通りたくて通った訳ではないのだが、道路標識に導かれてその道に侵入してしまったのだ。
広い道路からそれ、私の車は薄暗く狭いトンネルの中に入っていった。
しばらくすると、狭いトンネルの前方にバイクが1台走っていた。
ちょうど10mくらい先を、時速10Kmくらいのユックリした速度で走っている。
ありえないほどの狭いトンネルである、スピードを出すのは危険であった。
私はスピードを落とし、そのバイクの後をついていった。

私は友人に言う。
「随分と長いトンネルやね」
友人が答える。
「けっこう有名なトンネルらしいで、このトンネル」
「狭すぎて、怖いな・・」
「この車でギリギリだぜ」

薄暗いトンネルは電気すらついていない。
バイクはまだユックリと前方を走っている。
「あのバイク、なかなか走らんな・・」
友人が言ったが、
「いやぁ、こんな狭いんじゃこれくらいでいいって!」
私は、そう答えた。
なんだかんだと友人と私は、狭いトンネルの話題で盛上がって話をしていた。
10分近く走行して、やっとの思いでトンネルから抜けだした。

ふと気がつくと、前にも後ろにもバイクの姿が無い。
「ところで、あのバイクいつ抜いた?」
友人が、思い出したように私に言った。
「・・・追い越した憶えはないけどな・・・」
私が不思議な感覚に捕らわれながら答える。
友人と私は顔を見合わせ、何も言葉が出なかった。  

Posted by さかいほういち at 22:30Comments(0)夏物語