小説 夜霧マン

2008年03月19日



夜霧マン

夜霧にむせび泣く波止場で、トレンチコートの襟を立てながら朝夫は霧子に向かって言ったのだった。
「俺と別れてくれないか?」
突然の別れ話に戸惑いながら、霧子は問う。
「突然なにを言うの・・・」

「俺はやるべきことがあるんだ、今までのことは忘れてくれ」
朝夫は夜霧で数メートル先しか見えない海の方角を見ながら言う。
「やるべきことって、何なの?」霧子が問い返す。
「今まで黙っていたんだが、俺は夜霧マンという正義のヒーローなんだっ!」
「そんなヒーロー聞いたことも無いわ・・・」呆然と霧子が言う。
朝夫は少し笑いながら言う。
「ヒーローというのは冗談だ。本当は、今日のこのような夜霧を作り出す職人なんだよ・・」
「夜霧なんて、ただの自然の霧でしょ?」霧子が不思議そうに問う。
「いや、違うんだ・・・自然現象のほとんどは空模様職人組合の職人が作り出しているんだよ」
朝夫の告白にたじろぐ、霧子・・・
「空模様職人組合って・・何なの?」
朝夫が言う。
「空にペンキを塗ってる芸術家のことさ、知らないのも無理ないが・・・
俺はそこで、時々夜霧を描くのを手伝ってたんだが、今度正式に組合に入ることにしたんだ。
今までのように、お前に気楽に会うことが出来なくなってしまうんだよ・・・」
朝夫の心が葛藤で揺れているのが痛々しいくらいに分かった。

「どこか、よその世界へ行ってしまうのね」
霧子が今にも泣き出しそうに言った。
「そうゆーことになるような・・・ならないような・・・」
朝夫が曖昧に答える。
「いきなり、勝手すぎるわ・・・・」
霧子の目に我慢しかねた涙が一粒の雫になって落ちた。

「泣かれると心がよけいに痛むよ・・・」朝夫が言う。
「二度と会えないっていうのに、微笑んでなんかいられないちゅーの・・・バカ!」霧子が言う。
「・・・・すまん・・・」朝夫が辛そうに言う。
「その空模様職人組合に女の人はいるの?」霧子が問う。
「たくさん居るようだよ」朝夫が答える。
「じゃ、わたしも空模様職人組合に入るわ、そうすれば何も問題は無いじゃないの?」
霧子は、朝夫の目をじっと見ながら言った。

しばらくして朝夫が言う。
「そうだよねっ!それだったら問題なしだよねっ!」
「でしょっ!」霧子が明るい表情になって言った。
「なーんだ、いきなり問題解決じゃん!!」朝夫が笑いながら言う。
「Good Job!」霧子も右手の親指を立てて笑いながら言う。
2人は腕を組みながら、夜霧の中へ消えていった。

今、霧子は朝霧レディーと名乗って、隠れた才能を発揮している。
  

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小説 虹ボーイ

2008年03月18日



虹ボーイ

女は日曜日の昼近くになってベッドから起き上がった。
目の下には隈が濃く浮き出て、髪の毛もボサボサだった。
気分は最低で、日曜日というのに出かける気分にもならないくらい疲れきっていた。
会社では失態をしでかし、先月恋人にも愛想を付かされて、もう生きているのが精一杯の気分だった。

「もう、なにもかもうんざりだわ・・」
女は顔を洗いながら、そんなことを考えていた。
昼ちかく遅くおきた日は、いつもコンビニの弁当で昼食を済ます。
女は、くたびれた白いジャージ姿で近所のコンビニへと向かう。

マンションからコンビニに行く途中に公園がある。
雨上がりの公園の雰囲気は、女の故郷にある公園に似ていた。
「・・よく遊んだあの公園は、今もあるのかしら・・・」
女は、故郷のことを取り止めも無く思い出している。

コンビニでいつもの弁当を買い、同じ公園の前の道を女は通り過ぎようとしている。
いつも子供がいない都会の公園に、今日は一人だけ子供が遊んでいた。
「さっきは居なかったのに」
と女は少しだけ気にしながら思った。

子供は小学校低学年くらいの少年で、白いバケツの中を覗いていた。
「ザリガニでも採ってきたのかな?この辺に小川なんかないのに・・・」
女はちょっと気になって子供に近寄っていった。

「何かいるの?」
子供の後ろから、女は聞いた。
「・・・いや、なんにも・・・」
子供は女にはほとんど無関心な様子で答えた。
「じゃあ、なにやってるの?」
女は聞く。
「虹を描いてるのです・・・」
子供が答える。
「・・・・・虹・・・・・」
女は返答に困っている。

「僕は虹ボーイです、雨上がりの空に虹を描いているのです。」
少年は、たどたどしい敬語で、女に話はじめた。
「今日のような雨上がりの日には、僕が虹を描いて空を綺麗にするのです」
「雨上がりの虹は、みんなを幸せにします」
「お姉さんも幸せでしょう?」
少年は、女に屈託無く言う。

女は、突然幸せか?と聞かれ、ドキッとした。
「・・・幸せよ・・・」
女は心の中とは反対のことを答え、ちょっと後ろめたい気持ちになってしまっている。
「そうでしょう」
子供は、女の顔を見つめながら嬉しそうに言った。
その笑顔を見ながら、女も無理やり微笑んでみた。

「虹を描くのは楽しい仕事なのです。お父さんもお母さんも、僕のことを誇りに思っていてくれます」
大人びた言葉で、少年は女に言った。
「虹は、自然現象でしょう、光の屈折で出来るものよ」
女は、子供に教えるように言う。
「違いますよ、僕が空に虹を描いているんです」
子供はそう言いながら、バケツの中のペンキの刷毛を空中にサッと半回転させた。

動かされた刷毛の軌跡の後方に、キラキラと輝く七色の光のベクトルが形成された。
「ほらね!」
子供は楽しそうに、女に向かって言う。
「もう一つ!」
少年はもう一度、公園の何も無い空間に手を広げ、大きく大きく虹を描く。
少年を包み込むように虹が輝く。

「マジックかしら・・」
不思議な気分になって、虹を手で触ってみた。
女の手に虹が纏い付き、女の手は虹色に染まった。
七色に染まって光る自分の手を見ながら、女は楽しい気分が満ち溢れてくるのを感じている。

虹ボーイは、いつのまにか公園中に、はしゃぎながら何十という虹を描き出していた。
雨上がりの公園の空間は、いくつもの虹のアーチで目も眩むばかりになって輝いている。
女は大きな虹のアーチを潜ってみたり、触ってみたり、いつしか少女にもどっていった。

空は晴れ上がって気持ちがいい。
雨上がりの空気が、さわやかな風を運んでくる。
サァーッと吹き抜ける風が、女の髪の毛をサワサワと揺らしていく。
一瞬に、公園の小さな虹の群れも、虹ボーイもかき消すようにいなくなっていた。

雨上がりの晴れた上空には、今まで女が見たどんな虹よりも大きく綺麗な虹が光輝いていた。
そして、女のくたびれた白いジャージの服にも、光り輝く虹の文様が染め付けられていたのだった。
  

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小説 闇マン

2008年03月15日



闇マン

この世界には漆黒の闇と呼ばれる「闇」が存在する。
文字どうり、黒い漆で描いたような何も見えない闇のことである。
微塵の光も感じさせない黒い空間には、時間すら無い様に感じてしまう。

闇マンは漆黒の闇を作り出す、空模様職人組合の職人であった。
空模様職人組合は、組合長の親方から依頼を受けて空模様を描く職人や芸術家の集まりである。
親方からの依頼を受けて、闇マンは両手に持った大きなエアスプレーで黒い絵の具を噴出し、世界に闇を作り出すのが仕事である。

闇といっても不吉なものではない。
闇に悪鬼は存在しないし、悪魔や幽鬼など居たためしもない。
そんな不吉で恐ろしい迷信を作り出したのは、人間の心の産物である。
見たくないものや忘れたいことを放って置くと、しだいにそのものは大きな恐怖へと成長していく。
何か悪霊が存在するわけではない。
目をそらす所に、闇が出来上がってしまうのだ。
避ければ避けるほど、闇は恐怖や不安の色合いを付け始める。

本来闇というものは、古代から自分自身を見つめるためにある空間なのだ。
何ものにも捕らわれず、自分自身の心を見つめる時間・・・それが本来の暗闇の持つ真意である。

しかし時代は進歩し、明かりが発明され、現代では闇を探す方が困難を極める。
どこへ行っても電気の明かりが射し、どこへ行っても闇など存在しないかのような時代になってしまった。

「大都市の大停電がおきるなんて、情報が早いですね、親方」
闇マンは両手のスプレーガンの調整をしながら、親方に言った。
「蛇の道は蛇という古いことわざがあるだろう」
親方は、古い諺を引用しながら闇マンに言う。
「蛇の目傘が蛇ですか・・・変な傘なんですね」
諺の意味を知らない闇マンが言う。
「・・・同類の者はその方面の情報によく通じているというような意味さ」
少しあきれて親方が言った。

「そろそろ、大停電になるぞっ!準備は言いか?」
親方が強く言った。
「はいっ!準備はOKです!」
闇マンが、大きなスプレーガンを両手にギュッと持って、漆黒の闇を作り出す用意をした。
  

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小説 パイレーツ・オブ・ザ・空模様職人組合

2007年11月29日



「野郎ども!これから星空マンの宝石を、みんなで奪いに行くぞっ!」
「おわかり?」
クラウドガールの描いた海賊船ホワイト・クラウド号の甲板で、船長の青空マンが叫んだ。
「準備は出来てますぜっ!キャプテン青空マン!」と夕焼けマンが叫ぶ。
「力で奪え!情けは無用!」木枯らしマンや日光マンや朝焼けマンや黄昏マンが叫ぶ!
「それっ!出航だぁ!!」
キャプテン青空マンがペンキのついた刷毛を空高く差し出すと、ほかのみんなも刷毛を頭上に高く上げた。
「うぉお・・・!!!」
全員が叫び声をあげると、ホワイト・クラウド号はゆっくりと上空をめがけて進みだした。

「こんなときは、音楽が流れないと雰囲気出ないね!」
そう言うと朝焼けマンがCDを流し始めた。
「♪男だったらぁぁ~♪♪一つに賭けるぅぅぅ~~♪♪」
「おおっ?銭形平次かい?」日光マンは言う。
「おっと、間違えた・・・これだ、これでないと」
そう言いながら朝焼けマンはCDをかけ替えた。
(ツアラツゥストラはかく語りき♪)の荘厳な音楽が流れ、海賊船ホワイト・クラウド号は、星空マンの宝石を奪うため空高く舞いあがってゆく。

空の上空では、海賊船ブラック・ナイト号に乗った別の海賊たちがざわめいている。
「なんか、キャプテン青空マンたちが、俺たちの宝石を奪いにくるそうですぜっ!」
一等航海士の台風マンは、キャプテン星空マンに言っている。
「うむぅ・・・小ざかしい海賊たちめ!返り討ちにしてくれる!!」
キャプテン星空マンは、そう言いながら長めの刷毛に群青色を染み込ませながら叫ぶ。
「野郎ども、油断するなよっ!」キャプテン星空マンは乗組員全員に拳を上げながら言った。
「おおおおっ!」台風マンや吹雪マンや春一番マンや朧月マンは叫んだ!

地上の方向からホワイト・クラウド号が、しだいに近づいてくる。
甲板の船首に腕を組んだキャプテン星空マンが、海賊船ブラック・ナイト号をにらみつけながら言う。
「いいか、抵抗する奴は皆殺しだ!おわかり?!」
「了解!キャプテン!」海賊たちは声をそろえて言った。

ホワイト・クラウド号はブラック・ナイト号に接近した。

ホワイト・クラウド号の白い雲の船体が、ブラック・ナイト号の夜空の船体に激突して、戦いの火蓋が気って落とされた。
キャプテン星空マンの群青色のペンキが中を舞う!
夕焼けマンの赤い絵の具が台風マンの顔に飛び散る!
ブシュッと日光マンの蛍光ペンキが朧月マンの胸に飛び散る。
色とりどりの輝く絵の具やペンキが、大空狭しと飛び散りぶち撒けられ、空は何万色もの色の光り輝く幻想的な空に変わっていった。

そんな活劇が繰り広げられる中、空の彼方からドドドドドッと、低く鳴り響くような声がした。
「おまえら!早く仕事しろぉぉ~~っ!!」
マジギレした親方の大声が響いた。  

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木枯らしマン VS 日光マン

2007年11月22日



木枯らしマンが日光マンに言った。
「太陽の日差しが寒い北風に勝ったっていう昔話を知ってるよね?」
「ああ、あの旅人のコートを脱がせる賭けをして、太陽がウィナーになったっていう寓話だね」
「そうだ、あの話だよ」

木枯らしマンはコートの襟を立てながら言う。
「なんだねぇ・・・あの話は出来すぎてるよねぇ・・・」
日光マンが答える。
「まぁ、たしかに道徳的すぎるし、子供向けの話ではあるね」
「押してもだめなら引いてみな!みたいな話だよね」
「水前寺清子かって、つっこみを入れたくなるよ」
「1歩進んで、2歩下がる・・みたいな!」
ははははっ・・・と2人は笑う。
「だいたい太陽熱と北風じゃ、エネルギー量が違いすぎる!」
「桁違いだ・・」
と木枯らしマンが言う。

木枯らしマンといっても、渡世人でもなく長い楊枝も口にくわえてはいない。
空模様職人組合から木枯らしを空に描く仕事を請け負っている、水墨画専門の職人だ。
木枯らし吹く風景は水墨画のように描かれ、見るもの感動させ、一瞬の間でも寒さを忘れさせてくれる。
それから言うまでも無く、日光マンはあの東照宮とはまったく無関係である。
日光マンは、青空マンの描いた青空に、太陽の光を描いたり雨上がりの雲間から差し込む一陣の光のスジを描いたりしている。
空模様というのは分業で成り立っているので、一人の空模様職人で出来上がっているわけではない。
空は広いのである。

「北風が絶対零度くらいの寒さだったら、旅人のコートも一瞬にして凍りつきバラバラに砕け散って、北風の勝ちだろうな」
木枯らしマンがそう言うと、
「旅人も粉々になって死んじまってるけどね」
と日光マンが答える。
「ホラー映画だね、そりゃ!」
木枯らしマンが言う。

「あの話は、クーラーも自動車もないころのお話だからね、今だったら、急に太陽が暑くなったら大変だよ。紫外線に当たったら大変!ていうことで、みんな家に隠れちまうよ!」
「そりゃそうだ!」
「喫茶店とか、大繁盛じゃないか?」
「いや、金のかからないデパートとかスーパーが混雑するんじゃないかい」
「それより科学者なんか取り乱しちゃうね。太陽が急に変になっちまった!なんて、そりゃ、もう、大慌て!」
ははははっ・・・と2人は馬鹿笑い。

「だいたい旅人のコートを脱がせて勝負しようって、いったい何の勝負なんだい、わけがわからん」
「大自然の主たちが、旅人のコートくらいで人生賭けるなよなぁ・・・」
「まったくだ!」

「ところで・・・」と言いながら、木枯らしマンが日光マンに向かって神妙に言う。
「ほら、あそこに人が大勢いるだろう、ほら、あそこだよ」
木枯らしマンが遠くを指差して言った。
「おお、なんか大勢の人がたむろしてるね」
指さされた方向を眺めながら、日光マンがうなずいている。
「僕たちも勝負してみないか?あの人たちの服やコートをどちらが脱がせるかって勝負をさっ!」
「おお、それは一興だよね。でも、人生賭けたりしないけどね!」
ははははっ・・・と2人は、顔見合って笑う。

「じゃあ、僕が最初にトライだっ!」
そう言いながら、日光マンは空に一筋の光を描き出した。
その暖かい光の帯は、あの人々を直撃した。

人々は言う。
「冬だっつーにの、急に暑くなってきたねっ!!」
「なんだか、真夏のようだ!」
「あ、暑いいぃぃ・・・・・!!!」
そう言いながらも、なぜか人々はコートや服を脱ぐ気配すらない。

「こんなに熱くしたのに、誰も服を脱がないよ・・・へんだねぇ・・・??」
日光マンが木枯らしマンの方を見、首を傾げて言った。
「じゃあ、今度は僕がやるよ!」
そう言うと木枯らしマンは、空に淡い墨のような雲をいくつかサッサッサァッと描き、ビュービューと寒い寒い木枯らしを吹かせた。

下にいた人々に向かって、寒い木枯らしがビュービュー吹き始めた。
するととたんに、コートを脱ぎ服を脱ぎ、やがてはパンツ1枚になってしまった。
中にはパンツ1枚で、カキ氷を食う奴までいる始末であった。

「えぇぇ~~???どういうことだい!こりゃ??」
日光マンは仰天して、木枯らしマンに叫んだ。
「この人たちは、我慢大会をやってるんだよ!」
木枯らしマンは言う。
「えぇ?そりゃないぜっ!あきれたね!いまどき我慢大会って・・・君は、我慢大会って知ってたのかい?」
外国映画のように手を広げながら日光マンが大げさに言った。
「村おこしのイベントなんだよね!この我慢大会!」
木枯らしマンがニヤけて日光マンに言った。
「じゃ何かい、最初から日光マンの負けはきまっちゃっていたわけだね」日光マンが言う。
「そういうことになるね」木枯らしマンが言う。
「くやしいね、どうも」日光マンが言う。

「もう一度勝負するかい?」木枯らしマンが言う。
「今度の勝負は、真夏の我慢大会にやろうぜ!」日光マンが言う。
「こりゃ、一本とられたね!」木枯らしマンが言う。
2人は、また馬鹿笑いをした。

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小説 台風マン

2007年11月20日



「そーら!汚れた空気も汚いゴミも宇宙の彼方へ吹っ飛ばせ!!」
波が荒れ狂い風が逆巻く疾風怒濤の海岸沿いの防波堤の上で、台風マンは仕事を続けていた。
風になびく茶色のドレッドヘアーの前髪には、色とりどりのビーズやトンボ玉を結びつけ、額にはバンダナを巻きつけている。
革ジャンに革のズボン、ウエスタンブーツを履いた台風マンは、根っからのロックンローラーなのだ。
台風を描くとき流す音楽は、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」に必ず決めている。
「I can't get no satisfaction♪  I can't get no satisfaction♪ 」
怒涛の波の音にも負けないくらい大きな声で、台風マンは歌を歌いながら渦巻く雲や空を描いていく。

「昔は裕ちゃんの(嵐を呼ぶ男)なんて映画があったけど、オイラは(嵐を描く男)だぜっ!」
「おいらはドラマー♪♪ やくざなドラマー♪♪ おいらが怒れば♪♪ 嵐をよぶぜぇ~!♪♪・・・なんつってな!」
「オイラも古い歌知ってんなぁ・・・」
台風マンは超ゴキゲンだった。
テンションをどんどん上げながら、空を灰色や黒色にがんがん塗りたくっていく。
時には調子に乗ってバケツごとペンキを空にぶちまけたりもするのだ。

「あんた、こんな所で何やってんの?」
突然、台風マンの後ろから大声が聞こえた。
「なにやってんのっって?オイラは台風を描いてるんだぜ!」
台風マンも大きな声で答えたが、2人の声は風にかき消され何を言っているのか判らないくらいだった。
「台風を描いてるって・・・?あんた、バカじゃないの?」男は言った。
「人のことバカ呼ばわりすんじゃねーよ、バカヤロー!」台風マンは言い返した。
「だいたいこんな台風の中、こんなとこにいるのは正気じゃないよ!」男は台風マンに言った。
「あんたこそ、こんなとこで何やってんだよ~!」台風マンも、大きな声で言い返した。
「テレビで台風の実況中継をやるんだよ!」男は言う。
男は、台風の実況中継をするテレビのレポーターだったのだ。
「そうかい!じゃあ突風で飛ばされないように気をつけな!」
台風マンは、親切に注意してみた。
「あんたも何やってんのか知らないけど危険だよ!」
レポーターの男は叫んだ。
「大丈夫だよ、オイラは台風マンだからなっ!絶対に安全なんだよ!」台風マンが叫ぶ。
風や雨が竜のように渦巻く防波堤は、荒れ狂う波に飲み込まれる海賊船ようにも見えた。

「なんで、あんただけ安全なんだ?」男は言う。
「だって、オイラは台風マンだからさっ!」台風マンが答える。
「台風マンって、なんなのよ~!」男が言う。
「空模様職人組合から派遣されて、台風描いてんの!わかんねーの?」台風マンが答える。
「空模様職人組合って何だよ??あんたの言ってることサッパリわからんよ!」
「別にわかんなくてもいいの!人間にはわかんない込み入った事情があんだよ!」
「あんたも人間だろーが?」
「人間じゃねーよ!」
「バカか?」
「バカバカ言う奴の方がバカなんだぞ!って、学校で習わんかったのか!?」
「面倒くさい奴だな・・」

風がどんどん強くなってゆき、今にもレポーターの男は飛ばされてしまいそうな状況だ。
「もう、お前、家に帰れ!風速100mの突風が、もう直ぐ吹き荒れるぞっ!!」台風マンが強い口調で言う。
「帰れるわけないだろー!ニュースの仕事なんだからな!」男が叫ぶ。
「あぶねーぞ!!」台風マンが叫ぶ。
「これが仕事なんだよっ!」男が言う。
「早く逃げた方が身のためだぜっ!」台風マンが叫ぶ。
そう台風マンが言い終えたとたん・・・・
ゴゴゴゴッと低い音を立てながら、空に黒雲がわきあがったかと思った瞬間、物凄い風がレポーターの男を海の中に吹き飛ばてしまった。

「だからあぶねーつったのに・・・」
台風マンは、やれやれといっ表情で、レポーターの男を助けにドブンと海に飛び込んだ。

台風の荒波にもまれ、沈んだり浮き上がったりアップアップしているレポーターの男をやっとの思いで台風マンは助けた。
たらふく飲んでしまった海水をゲーゲー吐いている男を見ながら、台風マンは言った。
「勘弁してくれよ、もう・・・これでも忙しい身なんだぜ!早いとこ台風を仕上げなくっちゃいけねーのによぉ・・」
「テンション下がるぜ、まったく!」
しばらく考えて・・・・
「しらけた!しらっけちまったよ!もう・・・今日の仕事はやめだ!やめやめ!最悪ぅぅ~~~!」
レポーターの男が、まだ海水をゲーゲー吐き続けているのを尻目に見ながら、台風マンは何処とも無く去っていった。



テレビのニュースが始まる。
レポーターの男が、マイクを手に持って、しどろもどろで言った。
「えぇぇ・・・今日は台風の実況中継をするはずだったのですがぁ・・・」
「突然に青空になってしまいました。雲ひとつ無い青空です。・・・・太陽も輝いています」
「台風の影も形もありません・・・不思議です・・不思議です・・・」
天気は晴天なのに、レポーターの男はずぶ濡れになったままで呆然と立ちすくんでいた。

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小説 青空マンとクラウドガール

2007年11月19日



青空マンとクラウドガールからの招待状が、私の郵便受けに入っていたのは1週間前のことだった。
招待状とは、結婚式の招待状だ。
青空マンとクラウドガールの結婚は、空模様職人組合の、いわゆる職場結婚というやつである。

私と青空マンとは、彼は人間だったころからの長い付き合いなのだ。
人間だった頃とは言ったものの、今でも人間であることには間違いないと思うのだが、私には確証は無い。
随分と年月は経っているのに大して見た目が変わらないとか、どこからやって来るのかどこで生活しているのか皆目見当がつかない、など不可思議なことが多くありすぎる。
とはいうものの、彼と私は無二の親友という関係であることは、今も変わりはない。
特に共に絵画を学んでいる学生の頃、絵の具をムラ無く塗るコツを教えたのは私なのだから、今でも彼はそのことを恩義に思っていてくれるようだ。
律儀で裏表の無い彼の性格には、私も友情を感じないわけにはいかない。
私はとうに画家になる夢は捨ててしまったが、彼の場合は夢を実現したといってもいいだろう。
彼は夢の実現に努力を惜しまなかったということであろうか。
そんな彼の晴れがましい結婚式である。
出席しない理由は無い。

招待状と共に、彼のメッセージがしたためられていた。
文面はこうだ。
「やぁ、元気かい!?君のことだから、毎日忙しく元気にしていると思う。
今度、同じ空模様職人組合の同僚のクラウドガールと結婚することにした。
本当は(雲女)というんだが、皆はクラウドガールと呼んでいる。
良く泣く泣き虫の女性なんだが、そこがまた可愛いんだよ。
雲の描き方は超一流だ。
青空マンの僕と違って、毎日違った複雑な文様を描かなければならない根気のいる仕事だよ。
すばらしい女性だ、君も彼女に会ったくれたなら彼女の素晴らしさを理解できると思うよ。
是非、結婚式には出席してくれるように切に願うよ。
結婚式場は、君とよくキャンプに行って芸術論など交わした、あのブナの森の中だ。
結婚式の会場としては、最高の場所だと思わないかい?
何ももってこなくていい、君さえ来てくれればそれで充分だ。
必ず来てくれよ。
では、よろしく。」
彼らしい文章であると、私は嬉しく思った。


結婚式の当日は、自分の式でもないのに妙に落ち着かない。
私が晴れがましい場所が苦手という理由もあるのだが、無二の親友の結婚式であるという理由もある。
私は、ちょっとウェストのきつくなってしまった古いタキシードを着て、早朝の町の中を車を走らせ、結婚式会場である懐かしい思い出の森へと急いだ。
画学生のころ、何も予定の無い週末には、必ずといっていいほど彼と一緒にキャンプをしていたものだ。
特にあのブナの森の中には、よく足を運んだものだ。
鬱蒼としたブナの原生林が空気を浄化して、我々の精神さえ浄化してくれているかのようだった。
日がな一日議論しあった芸術論でさえ無意味に思えるほどの深い森の静寂・・・・
それを感じるだけでも、あの時間はとても価値があったといえる。
そんな崇高とも神聖とも呼べるような場所を、結婚式場に選ぶとは、本当に彼らしい。
「彼らしい・・・彼らしいな・・・」
私は若い頃の色々なことを思い出しながら、何度も呪文のように独り言を言っていた。


町の車の渋滞もさほどでもなく、予定どうりの時間に、あの思い出のブナの原生林に到着した。
そのブナの原生林は、昔とまったく変わりなく、鬱蒼として静かで神聖な雰囲気を醸し出していた。
遠くから、大勢の人の話し声が聞こえてくる。
私は、その声の聞こえる方へ足早に歩いていった。
案の定、大勢の人々が雑談などしながら結婚式の始まるのを待ち構えている。
ダービーハットを被ったタキシードの紳士や、昔のフォークシンガーのような青年や、普通の少年や老人まで多くの人々が、青空マンとクラウドガールの結婚を祝福してくれているのだ。
私は、その大勢の人々の中から、見覚えのある彼の顔を捜した。

「お~い!」
私の後ろで、懐かしい声が響いた。
「やっと着いたんだね、まっていたよ!」
今は青空マンと呼ばれている、私の友人だった。
「今着いたところだよ、久しぶりだね!」
「懐かしいな!元気だったかい?」
「元気だったよ!君の方は元気かい?」
などと挨拶代わりのとりとめもない会話を交わしながら、私は彼との久しぶりの再会を楽しんでいる。
「彼女を紹介するよ!」そういいながら、彼は遠くにいる彼女を呼び寄せた。

「はじめまして、雲女です、スパイダーガールじゃないわよ!」
いきなりの冗談に、微笑まないわけにはいかない。
私は、スパイダーマンのスパーダーネットを発射する手のひらの格好を真似て見せながら言った。
「クラウドガールでしょう、彼から聞いていますよ」
そして、彼女と握手をした。
彼女の表情に曇った様子もなく、泣き虫の女性とは思えない屈託のなさである。
若干、瞳がウルウルしている表情が、彼女を綺麗に見せていた。

「もう式の時間だ、あとでユックリ積もる話でもしよう!」
そういいながら、新郎新婦はメインステージに歩いていった。
空気は清浄で、物音といえば鳥の鳴き声と小川のせせらぎの音だけだ。
時折吹き抜ける風は、緑の匂いやフェトンチッドを含んで心地よい。
ブナの原生林の少し湿気を含んだ大気は、私たちの心を幸せな気分にさせてくれているのだ。
そして言うまでもなく結婚式は、盛大に神聖に行なわれ、人々を感動させた。


式が終わり、披露宴が終わり、とても短く感じる至福の時間が過ぎていった。
私と彼との昔話は終わることがない・・・・
しかし、別れの時間はやってくる。
「もうそろそろ帰らなくては・・・」私は、残念そうに言った。
「そうか・・・・時のたつのは早いな・・・」青空マンが言う。
私は少し微笑みながら、友人を強く抱きしめた。
「またいつ会えるかわからんが、手紙ぐらいくれよ!」
「そうだな」
青空マンはそう言いながら、私をもう一度抱きしめた。



あの青空マンとクラウドガールの結婚式が昨日のことのように思いおこさせる、数年たったある日。
1通の手紙が届いた。
青空マンからの手紙である。
私は、あせる気持ちで封を切った。
彼からの手紙の内容は、こうである。

「元気かい?結婚式に遠路はるばる来ていただき感謝感激だよ。
短い時間だったが、君と話しが出来てよかったよ。
突然だが、僕たちに子供が出来たんだ。
1歳になるんだが、虹ボーイというんだ。
もう空に虹を描くことができるんだ。
空の虹は、僕の息子が描いている。
来週の日曜日、あの森に家族でキャンプに行くんだよ、君も来ないかい?
待ってるよ!
青空マン&クラウド・ママ」

私も、妻と子供をつれて、あのブナの原生林に出かけることにしよう。

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小説 朝焼けマン

2007年11月17日



老人は朝焼けに染まった土手の上を、今日もジョギングしている。
年をとるにつれ、どうにもこうにも朝が早くなって困る・・・と老人は早朝の空気を感じながら考えていた。
「こう暗いうちから眼が覚めてしまうと、ジョギングでもしないと一日が持たんというもんだ」
そうつぶやきながら、老人はハアハアと息をきらしながら走っていった。

ふと老人は、いつのも土手の上に見なれない青年が座っているのに気がついた。
長髪で無精ひげを生やし、見るからに芸術家タイプの青年であった。
老人も若いころは長髪であったことが思い起こした。
ふさふさとした髪の毛が風に吹かれる感覚は心地よいもんだったなぁ・・・、老人は突然若いころのことを思い出していた。
今はもうほとんど無くなってしまった短い髪の毛を手でなでながら、老人は青年の近くでジョギングの足を止めた。
「おはようございます」
老人は青年に向かって丁寧に挨拶をしてみた。
「おはようございます」
青年も老人の方っを振り返って丁寧に挨拶をした。

「今日の朝焼けは特別に綺麗ですねぇ・・・」
老人は青年の横に座りながら言った。
「そうです!今日の朝焼けは特別に出来がいい!」
青年は、さも自分の作品でもあるかのように自慢げに言った。
そう言いながら、青年は水筒のコップからコーヒーを美味しそうにすすった。
「おじいさんもどうですか?」
そう言いながら、青年はコーヒーを老人に勧めている。
「美味そうなコーヒーですな、じゃ、いただきましょう」
老人はお礼をいいつつコーヒーの入ったカップを受け取り、一口飲んだ。
ジョギングで乾いた咽に、コーヒーの芳香がじんわりと染みとおっていく。
「美味い!美味いコーヒーですね!」
老人は、思わぬ御馳走をもらったかのように少し興奮ぎみに言った。
青年は笑みを浮かべてコーヒーをもう一口すする。

「朝焼けというものは良いもんですね。新しい命が誕生していくようなすがすがしい気分になります」
老人は、コーヒーの湯気にむせながら言う。
「そうです、朝焼けはいい!とくに出来のいい日は気分も最高です!」
青年は言う。
「出来のいい朝焼け・・ですか?やはり朝焼けにも出来不出来があるもんですかね・・・?」
老人は、青年の妙な言い回しが気になって仕方がない。
「そうですよ、出来不出来があるんです、今日は出来が良いので、こうして自分の作品を眺めているところなんですよ」
青年は遠く眼をやり、朝焼けの綺麗さを自慢しているようだった。
「朝焼けが君の作品なのかね・・・・?」
老人は、ちょっと怪訝な気持ちで答えた。
「なんてね・・・冗談ですよ」笑いながら青年は言う。
「むふっ・・・そうだろうね」苦笑して老人は答えた。

「僕の人生最高の喜びは、こうして出来具合のいい朝焼けを眺めながらコーヒーを飲んでいる瞬間ですよ」
青年はカップの中に残ったぬるくなってしまったコーヒーを飲み干しながら言った。
「ワシはいつのここをジョギングしているんだが、君は見かけない顔だね」
老人は言う。
「僕はいつもここらあたりで仕事をしていますけどね・・・」
青年が言う。
「そうかい・・・じゃあ時々は見かけているのかもしれんなぁ」
老人が独り言のように言う。
「どんな仕事をしているんだい」老人が続けて言った。
「朝焼けの色を塗っているんですよ」
にこやかに微笑みながら言う青年の顔には嘘をついているような衒った表情はない。
「いや・・・冗談ですって、冗談・・・・・・」
青年は、老人の訝しい表情を見て取ってあわてて言った。

老人はコーヒーをグビッと飲み干すと、カップを青年に返した。
青年はカップを受け取りながら、老人に言った。
「僕は、おじいさんがまだ小学生のころ会ったことがありますよ、ずいぶんと昔のことですけどね」
老人には何のことだかサッパリわからなかった。
「ほら、おじいさんは子供のころ新聞配達をしていたでしょう?」
老人は、確かにそうだ!というようにうなずいた。
「おじさんは、暗い時間から朝焼けになるまで新聞を配っていたでしょう・・・」
「いつだったかちょうどこの辺りで転んだでしょう、膝をすりむくむらい派手に転んでた」
「あの時子供だったおじいさんを抱き上げて起こしたのは、僕ですよ」
「ちょうど朝焼けを塗り終えたころだったなぁ・・・」
「随分と時間は経っていますが、おじいさんと会うのは2回目ですよ」
妙に懐かしいような表情で青年が言った。

突然に老人の記憶の奥底から忘れてしまった情景が出現した。
「おお・・・たしかに、そんなことがあった記憶がある・・・」
「あのころは貧しくてなぁ・・・・」
老人は懐かしい気分に浸ろうと思ったが、なんだか変だと感じ始めた。
「しかし、どうして君がそんな事を知っているんだ・・・」
「でも、君の顔には見覚えがある・・・そうだ、あの時ワシを抱きかかえてくれた青年にソックリだ・・・」
「それに、君は年をとっていない・・・まだ若いままじゃないか?」
老人の頭の中は混乱していた。
その混乱した頭の中で、古い古い記憶の糸を手繰り寄せようとしている。
「おお・・そうだ、そうだった、あの時・・・あの時、ビンに入った不思議な絵の具を貰ったんだ・・」
「いろんな色に変わる、キラキラ輝く絵の具だった・・・」
老人の心の中に、遠い遠い記憶が昨日のことのように鮮明によみがえっていった。
「あのビンは大切に机に中にしまってあったのに・・・いつか、なくしてしまった」
老人の心は、いつしか少年の心に戻っていく。

「あの時君は確か、朝焼けマンとか名乗ったんじゃないか?」
老人は、昔の出来事を再生するように朝焼けマンに言った。
「そうです、朝焼けマンです、冴えない名前ですけどね」
ニンマリして青年が言う。
「何か夢を見ているようだ・・・・60年間の長い夢を見ているのか・・・ワシは?」

「夢ですか・・・」
「夢も現実も、大して違いはないですよ」
「人間は現実と呼んでいる夢の中に生きているようなものです・・・」
青年は言う。
「君は哲学者だね」
老人が答える。

「ところで君・・・またあのビンに入った不思議な絵の具をいただけんもんかね」
老人は、少し遠慮がちに言う。
「いいですよ、絵の具の残りが今日も少しありますから」
青年は持っていたバッグの中から小瓶を探している。
「おおっ!そうか、ありがとう」
老人は、感謝の念をこめて強く言った。
「もうなくさないでください」
そう言いながら、青年はビンに入った絵の具を老人に渡す。
「我が家の家宝にしますぞ!」
老人は、そのビンを受け取り笑いながら言う。
朝焼けマンも微笑んだ。

「それでは僕はもう帰ります。」
朝焼けマンは老人に言ったが、老人は名残惜しい気持ちでいっぱいだった。
「もう、帰ってしまうんかね・・・」老人が寂しく言う。
「また、どこかで会えるかもしれませんね」青年が答える。
「そうだね、またどこかでばったり会えるかもしれんな・・」老人が言う。
「人生は長いようで短いようで、短いようで長いですからね」
朝焼けマンが言った。
「短いのか長いのか、いったいどっちなんだね?!」
老人は苦笑しながら言った
「それくらい、曖昧で答えがないということですよ」
「たしかに、そのとおりだ!」
2人はまた大きな声で笑っていた。

「また、会いましょう・・・・いつか」
朝焼けマンが握手をしながら言う。
「ワシの、人生もまだまだこれからですからな・・・また会いましょう」
老人は強く青年の手を握り締めた。
「では、また・・」
「では、また・・・」
土手の上空に広がる青空が宇宙の果てまで続いていることを、今は老人は実感していた。

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小説 星空マン

2007年11月16日



星空マンは、真っ暗な夜空に宝石の星を瞬間接着剤でくっつけていく。
いつもなら漆黒の闇夜の空に蛍光ペンキで星を一つ一つ描くだけの仕事なんだが、今夜は特別な夜なのだ。
冬の特別な夜といえばたいていは決まっている、クリスマスイブの夜だ。
その日だけ星空マンは、夜空の星となる輝く宝石の一つ一つを、手を抜くことなく丁寧に貼っていくのだ。
とても根気の要る作業であるし時間も限られているので、星空マンにとってはきつい仕事ではあった。
しかし今日は特別な夜なのだ、愚痴ってばかりもいられない。

赤い星はルビー、紫色の星はサファイア、などと決まっているわけではないが、星空マンはそれらの宝石を選んで夜空に貼り付ける。
星の材料は、宝石と呼ばれるような特別な石ばかりではない。
花崗岩の一部分を加工したり、砂の中に金色に光る雲母を使ってみたり、また、アンモナイトの化石や恐竜の牙の化石を使ってみることもある。
毎年毎年違った宝石で、クリスマスイブの夜空の星星を飾り立てるのである。
それはすべて星空マンの気分によって決められている。

「今日はちょっと予算オーバーだったので、銀河系の星はガラスの破片にしておくか・・・」
星空マンは、高価な宝石を買いすぎたのを少し後悔していた。
「サウザンクロスの星を、大きなダイヤモンドにしたのが予算オーバーだったな・・・来年はジルコニアくらいにしておこう」
星空マンは独り言をつぶやきながら、残り少なくなった仕事を手早く進めていた。
「もうちょっとでイブの夜空も出来上がりだ」
「仕上げは、プレアデス星団付近の星を貼り付ければ終わりだな・・・」

星空マンの得意な歌は「オーバー・ザ・レインボー」・・・・・映画オズの魔法使いで主人公のドロシーが歌った歌だ。
仕事の仕上がり近くになると、星空マンは必ずこの歌を歌いだす。
鼻歌で歌ったり、歌詞をつけてうたったり、とても気分の良いときには絶唱したりして悦に入る。
星空マンは、今日は鼻歌を歌いながら星1つ1つに接着剤を塗っては貼っていく。

プレアデスの一つの星に接着剤を塗ろうとした瞬間、星にするはずだったラピスラズリがポロリと星空マンの手からすべり落ちた。
「おっと!しまった、うっかりだね!」
地上に落ちていくラピスラズリを眺めながら、星空マンは作業用のブランコをユックリと地上に降ろし始めた。


カーンカーカンカンカン・・・と甲高い音を立てながら、何か硬いものが屋根に落ちてくるのを、少年は聞いていた。
そして、それはポトンと少年の庭の花壇に落下した。
少年は庭に出て、その石を拾ってみた。
「隕石かな・・・・」少年は、そのこぶし大の大きさの丸い青い石を眺めた。
そのラピスラズリは、深い海のような青さで所々に金色の文様が銀河のように浮き出ていた。
「綺麗な隕石だな・・・」
少年は、また訝しげにラピスラズリを眺めてみた。

「それは、僕のラピスだよ!」
突然に少年の上空で声が響いた
「うわぁぁ!化け物!エイリアン!妖怪!ターミネーター!」
少年は、ありったけの大声を出して叫んだ!
「僕のような紳士を、化け物呼ばわりとは失敬だね!」
星空マンは、少年のあまりの声の大きさに少しビックリしたが、やさしく冗談っぽく言った。
少年は自分の上空を眺めながら驚いたままポカンとしたまま立ち尽くしていた。
そして少年は、気をとりなをして強く言った。
「こんな夜中に空から降りてくる人間なんか、化け物以外の何者でもないぞ!」

「うぅ・・・ん、たしかにそのとーりだね・・・」
星空マンは、自分自身で納得したかのように小声で言った。
そう言いながら星空マンはブランコを下におろして、自分も地面に降りた。
少しおびえる少年の前の出て、星空マンは自己紹介をする。
しかも紳士的な振る舞いだ。
黒いダービーハットを脱ぎながら、星空マンは言う。
「僕は星空マンというものだ、この地球の星空を描くのが仕事だ」
黒いタキシードの襟を撫でながら、星空マンは少年に気取った言い方で言った。

「やはり宇宙人なんだね、UFOはどこにあるんだ!」
少年は勝気な勢いで星空マンに挑むように叫ぶ!
「いやいや、宇宙人ではないよ、ただの人間さ!」
星空マンは、少年の言葉をやさしく否定した。
「夜の空から降りてくる奴が宇宙人じゃないって・・・ありえない!」
少年は真っ向から信じようとはしていない様子だった。

星空マンは返す言葉もなく、しばらく黙ってしまったが、気を取り直して言った。
「君たち人間は知らないだろうが、空模様というのは僕たちが塗っているんだよ」
「あっ・・・僕たちっていうのは、夕焼けマンとか朝焼けマンとか春一番マンとか、そんな芸術家のことだよ」
「なんていうか、その・・・親方の委託を受けて空を塗っているんだ」
「そうそう、僕たちが空を塗らないと空は真っ白なままなんだ・・」
なんだか、しどろもどろで話す星空マンは滑稽な感じだった。
その滑稽さに少年は、少し安心したようだった、そして言った。
「人間なのか・・・?」
星空マンは言う。
「元人間といったほうがいいかもしれん・・」
「じゃ、今は宇宙人?」少年は聞き返す。
「いや・・・今もやっぱり人間みたいなもんか・・僕にもよくわからんな!」
笑いながら星空マンは言ったので、少年もつられて少し笑った。

「君の持っているラピスラズリは僕のもんなんだ、プレアデスの星にする予定の石なんだ」
少年の持っている青い石を指差しながら星空マンは言った。
「これが・・・星?」
少年は手に持ったラピスラズリを見てつぶやいた。
「それを返してくれないか、早いとこ仕事を終わりたいんでね」
星空マンは、そう言いながら少年の前に手のひらをだした。
少年は青い石を渡そうとしたが、すぐにひっこめてしまった。
「うぅ・・・・ん・・なんだか疑っているんだね、無理もないか・・・」
少し考えて、星空マンは少年に言った。
「君も星を貼るのを手伝ってくれないか・・・・うん!そうだ、それがいい!」
星空マンはそう叫ぶと、少年が「いやだっ!」と叫ぶ暇もないくらいにすばやく少年を両手で抱きかかえ、ブランコに飛び乗った。

星空マンのブランコは、物凄い勢いでクリスマスイブの上空にせりあがっていく。
夜の冷たい空気を切っていくように、ブランコは少年の町の上空を登っていく。
町がまるで銀河の星ように輝いている。
町と夜空がさかさまになってしまったかのような光景に少年はビックリしたが、あまりのスピードに声も出ないくらいだ。
ナイトクルーズの飛行船ツェッペリン号の横を高速で横切り、綿飴のような雲の中をあっという間に通り過ぎ、風神雷神が仰天している顔を眺め、少年と星空マンの乗ったブランコは夜の空へドンドン上っていく。

そして、しだいにブランコの速度がユックリになったかと思うと、輝く星星が手で触れるくらい目の前に現れた。
「はい、終点です」
星空マンはそう言った。
少年は声がでないくらいだったが、首をこっくりと振って見せた。
終点には大きな作業台があり、その台の上には色とりどりの宝石や石がバケツの中に収められていた。
「もう時間が無いんだ、そのへんの宝石の入ったバケツをありったけ夜空に向かってばら撒いてくれないか!」
少年はうなずいて、そばにあったバケツを夜空に向かって大きく振った。
キラキラと星の輝きを発しながら、砂の数ほどの宝石が夜の空へばら撒かれていった。
それは夏の夜の花火のようでもあり、誕生日のクラッカーが飛び散る様にも似ていた。
大きなバケツの光り輝く星のクラッカー!
真っ暗だった夜空の部分には、にわかに星が輝き始めクリスマスの夜を素敵な夜にしてくれる。

「おっと、最後にはプレアデスの星をくっつけなくっちゃね!」
そういいながら、星空マンはいくつかのラビスラズリを夜空に貼り付けた。
「最後は、君の持っているラピスラズリだけだ・・・」
「・・・と思ったけど、そのラピスラズリは君に進呈しようじゃないか!」
「手伝ってくれたお礼だよ・・」
星空マンは、少年に向かってガッツポーズをした。
「ありがとう!」
少年もガッツポーズをしながら、星空マンにお礼を言った。
2人は「イエィッ!」と叫びながら、パチンと手のひらを合わせた。

「さぁ、君の家に帰るぞ!」
そう言うが早いか、また星空マンは少年を抱きかかえてブランコに乗った。
星空マンのブランコは、また元の少年の町へ急降下しながらアッというまに戻っていく。
しだいに速度がゆっくりになり、ブランコは少年の家に到着した。

もうそろそろ少年のお父さんが残業から帰ってくる時間だ。
そして、あと少しでクリスマスになる時間でもある。
星空マンは少年に言った。
「またな!」
少年は言った。
「またな!」
2人は同時にクスリッと笑った。

星空マンは、アッというまに煌く星空のかなたに消えていた。
少年の手には、少しひんやりとしたウルトラマリン色のラピスラズリの球体が残っていた。

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Posted by さかいほういち at 12:54Comments(3)TrackBack(0)小説 夕焼けマンシリーズ

小説 夕焼けマン

2007年11月03日



学校の帰りにいつも通る小高い丘で、僕は突然バッタリと夕焼けマンに出会ってしまった。
夕焼けマンも僕を見て、ギョッとした表情をしていた。

「・・・や・・やぁ・・」
夕焼けマンはドギマギしながら、手を小さく振り僕に挨拶している。
「・・こんにちわ・・」
僕も戸惑いながら、つられて挨拶をしてしまった。

夕焼けマンは、ペンキをタップリ含んだ刷毛で空に色を塗っていた。
ペタペタと、それは凄い勢いで、青い色の空を夕焼けの赤い色に塗り替えている。
僕に突然に発見されてしまったので、今は刷毛を空から外し右手に握ったままブラブラさせている。

「何をやってるのですか、夕焼けマンさん!」
僕は尋ねてみた。
夕焼けマンは、本当にギョッとした顔で僕の顔を見ながら言った・・・・
「な、なぜ、俺の名前を知ってるんだ・・・・??」
男の目がキョロキョロと定まらない感じだった、きっと知られてはいけない事だったのかもしれない。
「あ・・・」と少し間をおいて僕は答えたのだった。
「だって、その服の胸の部分に書いてあるよ・・・」
僕は、男の服を指差しながら言った。
そうなんだ、男の作業着のような服の胸あたりに(夕焼けマン)と書いてあったのだ。
しかも、それは印刷や刺繍のようなカッコイイ文字じゃなくって、自分でペンキで書いた下手糞な手書き文字だ。

「あああ・・・そうかっ!自分で胸に書いてたんだっけ!?」
いやぁ~まいったまいった・・という感じの仕草で、男は自分の頭を掻く真似をしていた。
「・・しかし、人間の少年に会うのは久しぶりだなぁ。」
そうして夕焼けマンは、夕焼け色のペンキのついた刷毛を軽く1回転させた。

怪しい・・怪しすぎる!
胸に書いた文字も怪しいが、こんな時間に空に色を塗ってるなんて。
非常に、大変に、猛烈に、ムチャクチャ怪しい!!
僕は、声をかけたのを少し後悔し、何も言わないようにして少し後ずさりし始めた。
「ああ・・今、君はヤバイ!逃げようと思ってるね・・」
男は、そんに怖がらなくてもいいという風な感じで、ちょっとおどけて言ってみせた。

僕はほんの少しだけだったが、安心した、が、逃げる準備はシッカリしていた。
こうやって、おどけたふりをして、いきなり襲いかかるって事もないとはいえないからね。
「ああああ・・・その目つきは、まだ不気味な」やつと思ってる感じの目だなぁ・・・」
僕の心の中を見透かしたように、夕焼けマンは右目をウィンクさせながら言った。
しかし、夕焼けマンのウィンクは右目を閉じると同時に、左目も少し閉じてしまうのだった。
「あなたは、人の心が読めるのですか?」僕は言ってみた。
「・・いやぁ・・ただ当てずっぽうに言ってみただけさっ!」夕焼けマンは、また両目ウィンクをして僕に言ったのだった。

夕焼けマンはつなぎのズボンに赤いシャツ、髪の毛は長くてバンダナを鉢巻にして頭に巻いている。
そう、それはまるで、昔流行ったフォークシンガーみたいな格好だ。
なんだか知らないが、夕焼けマンは怪しいやつだが悪い奴では無さそうだ。

「どうだい、俺が怪しくない奴だという証拠に、バケツの中のペンキを見てみるかい!」
夕焼けマンが僕に言いながら、大きなバケツの中を見せてくれた。
夕焼けマンが空に塗るペンキは、不思議なペンキだった。
赤い色だと思うと黄色に変わったり、黄色だと思って見てると紫色に変わったりする、つまり一定の色ではなく「夕焼けの色」なのだ。
刷毛についたペンキも空に塗るたびに7色に変化する。
いや、7色どころじゃない、10色にも20色にもみるみる変化していく。

夕焼けマンは、僕に言った。
「こんなペンキ、どこへの店にいったって買えるもんじゃないぜっ!」
かなり自慢げに夕焼けマンは、エッヘンとでも言った感じで胸を張ってみせた。
「ちょっと触ってみてもいいんだぜっ!」
そう言うと、夕焼けマンは僕のほうにバケツを近づけてきた。
僕は、おそるおそるそのバケツに手を突っ込み、ペンキに触ってみた。
少しヒンヤリとして気持ちがいい手触りだ。
夕焼け色のペンキの付いた僕の手は、赤や黄色や朱色や紫色に変化している。
あんまり綺麗な色だから、しばらく何も言わないでジッと見つめていた。

そうすると、夕焼けマンがまた自慢げに言ったのだ。
「どうだい、素敵なペンキだろう。色だけじゃなくって、いい匂いもするんだぜぇ!」
僕にそう言いながら、自分の刷毛についてるペンキの匂いをクンクンと嗅いでいる。
僕も、自分の手に付いたペンキに、鼻を近づけてみた。
いい香りだった・・・春のような匂いだ。
花の香りだとか草の匂いだとか、そんな匂いがフワッと優しくしている。
もう一度、ペンキに鼻を近づけて、匂いを嗅いでみた。
すると、さっきと違って、海の香りや森のさわやかな匂いも、うっすらと匂っていた。

「・・・夕焼けってのは、人の心を優しくしてくれたり、元気ずけたりしてくれるもんさ!」
夕焼けマンは、そう言うと遠くを眺め、フッとため息をついたように見えた。
「哀しい時に夕焼けを見る、楽しいときに夕焼けを見る、恋をしたときも失恋したときも、夕焼けを見る。そんなことばかりしてたら、いつのまにか夕焼けマンになっちまったのさ・・」
聞いてもいないのに夕焼けマンは、僕にそんな経緯を説明してくれた。

「ところで、手に付いたペンキは、どうやって落とすのかなぁ?」
あんまり綺麗だったので気がつかなかったけど、気になるので僕は、夕焼けマンに聞いてみた。
「絶対に落ちない!」夕焼けマンは、きっぱりと言った。
「えぇぇ~!そんなぁ~!」僕は、ちょっと怒ったように叫んでいた。
「いやぁ・・大丈夫、大丈夫。夕焼けの時間が終われば、自然に消えるから。」
ちょっと笑ったように、夕焼けマンは言ったのだった。

「俺の担当は夕焼けだが、夕焼けが終わるころには、星空マンが、星空のペンキを空に塗るよ。」
え~?なんだ、その星空マンってのは?夕焼けマンが、また妙なことを言うもんだから、僕は悩んでしまった。
「そうなんだ、空ってのは、みんな俺の友達がペンキを塗って出来上がってるんだぜ?知ってた?」
夕焼けマンが、またそんな爆弾発言をするので、たまらず僕は叫んでいた。
「そんなこと知るわけ無いよ~!」
そう言いながら、妙に可笑しくなってしまい、笑ってしまっていた。
怪人夕焼けマンも、大きな声で笑っていた。

「青空を塗るのは青空マン、曇りの空は曇りマン、朝焼けを塗るのは朝焼けマンっていうわけさっ!」
外国の映画の人みたいに人差し指を立てておどけてい言うので、また僕たちは笑ってしまった。
「そうそう、朝焼けマンと俺は、けっこうウマが合うんだぜっ!」
両目を閉じてしまう、下手糞なウィンクで、夕焼けマンは僕に向かって言った。
だんだん楽しい気分になってきて、時間も経つのも忘れそうだった。

そんなマッタリした気分でいた時、突然に空の上の方から、大きな大きな声が響いた!
「こらっ~!サボるな夕焼けマン!もう時間が無いぞっ!」
あまりに大きな声だったので、僕は耳をふさいでしまった。
「ああ!すみません親方!」
夕焼けマンは、ビクッとしながら答えている。
「早く夕焼けを塗り終わらないと、星空マンがしびれをきらして待ってるぞ!」
空からの親方の声は、怖そうな声だった。
「ここにいる子供と話こんでしまたっもんで・・・」
決まり悪そうに、夕焼けマンは言い訳している。
「なに!また人間の子供に見つかってしまったのか!不注意にも程があるぞっ!」
たしなめるような口調で、親方の声は響き渡る。
「すいません・・」夕焼けマンは、頭をかいている。

「そこの子供!」低音の響く声で、親方が僕に言った。
「な、なんですか・・・」僕は、怖くなって答えた。
「今日のことは、誰にも話してはいかんぞっ!さもないと・・・」
空の親方が、恐いような声で含んだ話し方で言った。
「さもないと・・・・なにか恐いことがあるんですか・・・」僕は、かなりビビッてしまっていた。
ちょっとだけ間をおいて、親方は言った。
「特に何もない!特に何もない!安心しろ!がっはっはっ・・・!」笑い声が、空中に響き渡った。

夕焼けマンも僕もホッとして、つられて笑ってしまっていた。
わっはっはっ・・と、3人の笑い声が、まだらに塗られてしまった夕焼け空にこだまする。

笑い声がとまったころ僕は言った。
「もうそろそろ帰るよ」
「おお、もうこんな時間になっちまった。親方すみません、今日はこの辺で止めます」夕焼けマンは空の方角に向かって大きな声で叫んだ。
「まぁ、仕方が無い。明日はちゃんと仕事をするんだぞ!」親方は、しょうがないなといった声で夕焼けマンに言った。
そんな二人の会話を聞きながら、僕は夕焼けマンに手を振りながら小高い丘を急いで下りて行った。

夕焼けマンが塗り忘れた、まだらの夕焼けを見上ながら僕は家に帰った。
玄関を開け「ただいま~!」と言うと、お母さんの声が「もうすぐご飯だからね~!」と台所から元気よくした。
僕は、そのまま2階の自分の部屋に行き、窓を開いて、もう無くなりかけの夕焼けを眺めた。
夕焼けマンが手を抜いてしまったので、所々夕焼けだったり青空だったり星空だったり変な空だったが、きれいな夕焼けだった。
そして、僕の手についた夕焼け色のペンキが、赤くなって紫色になって青くなって最後には消えてしまった。
窓の外は、もうすっかり星空マンのペンキ塗りの作業が終わったようだった。

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