小説 熱帯夜
2008年06月04日

「暑い!暑すぎる!」
男は、壊れてしまったクーラーを恨めしそうに眺めながらつぶやいた。
アパートの窓を開け放ってみても熱風がどんよりと入ってくるだけだった。
男は、あまりの暑さの熱帯夜に、ほとんど眠ることが出来ない。
男は、もう1週間も熟睡していないのだ。
「眠りたい・・・眠りたい・・・」
お経のように、男は言葉を繰り返している。
「暑い・・・暑い・・・」
「熱帯夜を英語で言えばインディアンサマー・・・」
男は、どうでもいいようなことを考えてみることにした。
「インディアンの夏は暑いものなのか・・・なんでだ・・?」
「ああ、インドのことか・・・」
「赤道では、1年中熱帯夜なのか?」
「40度を超えると、スズメが死んでしまうそうだ」
「そういえば、今年はスズメの死骸が多いなぁ・・」
考えるのも疲れてくるような容赦なしの熱帯夜である。
男は感じている。
手が熱い、足が熱い、腹も熱い・・・
そんな暑さを感じながらも、1週間もの不眠のせいか、男はうとうとと眠りについた。
男は夢を見ている。
手から火が発火し焼け付くような夢だ。
足にも火が飛び火している。
ゴウゴウと体中が火炎に包まれているようだ。
髪の毛は焼けたたんぱく質の匂いを残し、ジリジリと燃えてゆく。
「うゎゎ・・・」
男は叫び声を上げたが、もう音にもならない。
朝。
男の布団には、人型の焼け焦げた黒い炭のシミがついていた。
人体発火。
まれに起こる超常現象である。
人体のみが自然発火して、ほかのものは燃えないという・・・
短編小説 蚊帳の影
2008年06月03日

蚊帳の影
私が子供の頃、夏になると蚊帳をつって寝たものだ。
蚊帳というのは、麻を網状に編んで部屋につるす、蚊に刺されないための寝具である。
蚊帳をつるすと、見慣れた部屋がどこか別の部屋のような楽しい気分になったものである。
蚊帳には、白い蚊帳と緑色の蚊帳とがあって、白い蚊帳をつるすと高級な旅館に来たような気分になった。
緑色の蚊帳は、どこか森の奥に居るような、深い水の中にいるいような神秘的な心持になったりもした。
夏になると私は、時々蚊帳をつって祖母と一緒に寝ることがあった。
祖母は、幼いころこの家に養女に貰われてきた娘である。
養女に来たころは夏の盛りで、寂しくて蚊帳の中で毎日のように泣いていたらしい。
そんな祖母が養女に来て間もなく、生みの母である曾祖母が亡くなったということである。
その時からである、この蚊帳の北側に人の影のようなものが現れたのは。
私がその影を見たのは、深夜もふけてきたころである。
その影はボヤッとした人型で、ユラユラと揺れているように現れた。
蚊帳の右側から左側へ行き来し、しばらくすると真ん中に座るかのように停止する。
深夜に目が覚めた私は、最初は夢の続きかとも思っていた。
うつらうつらしながら影を見ていたら、祖母が布団から起き上がり、その影に話し出した。
「お母さん、今日も遠路遥々きてくれたんですねぇ」
祖母が影に向かって懐かしそうに話している。
影がうなずいたように見えた。
私には何も聞こえなかったが、祖母が微笑んでいるのは何か声が聞こえるからではないだろうかと、そのとき私は思った。
「寝ているのは、私の孫ですよ、可愛いでしょう」
祖母が私のほうを見たので、びっくりして私は寝たふりをした。
そして祖母がまた影に向かって話し始めた。
昨日の出来事や、私の学校のことや、息子である父のことなど、取り止めも無く話が続いていた。
小1時間も経ったころだろうか、祖母が名残惜しそうに言っている。
「お母さん、また来てくださいね、明日も待ってますよ」
その瞬間に、蚊帳の陰がスゥーッと消えたのを、私は見ていた。
それから祖母は、嬉しそうに布団に入って眠った。
それから、私も眠ったが、不思議な気分は夢の中まで続いて朝を迎えた。
あれは、幼い私の夢だったのか、あるいは祖母の妄想だったのか、数年前に他界した祖母に聞くことはもう出来ない。
今年の夏には、息子と一緒に蚊帳でもつって、祖母の部屋で一晩寝てみるつもりだ。
もし蚊帳に影が映ったなら、話しかけてみようと思っている。
小説 宙の卵
2008年04月07日

宙の卵
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
「宇宙」の「宙」は時間の意味の文字。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
女は目玉焼きを作るために、冷蔵庫から1パック198円の卵の一つを取り出し、割ろうとした。
しかし、その卵の表面には「宙」という文字が浮かび出ていた。
女は気味悪がって、その卵をゴミ箱の中へポイッと捨てた。
卵は勢いでパカッと割れてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼女の割ってしまったのは、時間の卵。
無限連鎖の時間の中で、彼女は何億回何兆回と卵を割り続けるのだった。
小説 宇の卵
2008年04月06日

宇の卵
その卵は、10個98円の安売りのパックの中に納まっていた。
いつものように、男は目玉焼きを作るために冷蔵庫から卵を1個取り出した。
安アパートのプロパンガスは出が悪く、コンロに火をつけるのも手間がかかる。
やっとの思いで火をつけ、フライパンをコンロの上に置いた。
男は卵を割ろうとした。
しかし、その卵の殻の上に奇妙な印が付いているのを発見した。
それは「宇宙」の「宇」の文字のようだった。
「宇」の文字は「空間」を意味する文字である。
男は少し気味悪く思ったが、貧乏人であるが故こんなものでも捨てることはできない。
「まぁ、中身が食えればいいか・・」
そう考えながら、男は机の淵で卵をポンと軽くたたいた。
パカリッと割れた卵には、中身がなかった。
男は殻だけの卵を顔に近づけ、まじまじと殻の中身を覗いてみた。
しかし、黄身も白身も無いただの卵の殻だけが、男の手の中にあるのみである。
「ちっ!」と男は舌打ちをしながら、いまいましそうに殻をゴミ箱の中に捨てたのだった。
仕方なく、もう一つの卵を冷蔵庫からだし、もう一度目玉焼きを作ることにした。
幸い2個目の卵は普通の卵であり、出来上がった目玉焼きもいたって普通の目玉焼きだった。
食事を済ませ、男はアルバイトにでかけた。
何事も起こらない、いつもの日常であった。
だが、何事も無いいつもの日常は数日間で終わりを告げるのだった。
ある日男の頭の中で突然に爆発音がし、目の前が光で真っ白になった。
男は路上で気絶し、救急車で病院に運ばれた。
病院のベッドで、男は目を覚ます。
倒れたときに出来た傷に包帯や絆創膏が貼ってあった。
「ここは、どこ???」
男は、ベッドの横にいた医師に聞いた。
「あなたは、きのう道端で倒れ、救急車でこの病院に運ばれたのですよ」
と医者が説明した。
「ああ・・そうでしたか・・」
そう言いながらも、男の気分は晴れない。
その理由は、男の目にはなにやら惑星のような星星が点々と無数に光り輝いて目に写っているのである。
「星のようなものが無数に目に見えるのですが、何か病気でしょうか?」
男は医師に聞いてみる。
「うむ・・それはたぶん初期段階の銀河系が生成されているのでしょう」
医師が気難しく言った。
「銀河系?」
男は繰り返して聞いた。
「そうです、あなたは宇の卵を飲み込んでしまったようですね」
「宇の卵とは空間の卵です、あなたはその宇の元を飲み込んでしまったのでしょうね」
医者は気の毒そうに続けて話した。
「宇の卵を飲み込んだら、もうどうしようもありません。新しく出来た宇宙に体全体が飲み込まれて、最後には体全体が・・・」
そう医者が言っている間にも、男の身体がドンドンと宇宙の空間に変身していく。
そして、あっという間に人型の宇宙空間がベッドの上に広がっていた。
小説 有名税
2008年04月05日

有名税
ある日突然、斉藤のもとに「有名税務署」の職員と名乗る男がやってきた。
日曜日の昼下がり、マンションの一室に住んでいる斉藤の部屋のドアをノックしながら、そいつは現れた。
「有名税務署の職員ですが、あなたは斉藤勇次郎さんですね」
部屋の住人の男は、斉藤勇次郎という名前で俳優をしていた。
まだ売れ始めのタレントである。
「はいそうですが・・・」
斉藤は怪訝な顔で、ドアを開け答える。
「あなたは、俳優をやっておられますね」
税務署の職員は言う。
「はいそうですが」
斉藤は言う。
「最近、テレビなどに脇役で出てるでしょ、見ましたよ」
職員が言う。
「あぁ・・どうもありがとう・・」
斉藤が頭を掻きながら答える。
「ちょっと有名になりましたね」
職員が微笑みながら言う。
「有名ってほどじゃないですけどね」
斉藤が笑いながら答える。
「そんなことは無いですよ、もう日本の住民の1000人はあなたのことを知ってますよ」
1000人という具体的な人数を言われ、斉藤は変な感じになった。
続けて税務署員が言う。
「1000人以上の人が、あなたのことを知っているようになると有名税というものが発生します」
「この税金は累進課税方式で、有名になればなるほど税率がアップしていきます」
「ほら、毎日お昼時にテレビに出ているタレントさんがいるでしょ、あの人なんか税率が80%ですよ」
「6000万人くらいの人々の間で、名前が知れ渡っていますからねぇ」
「あっ・・・なぜ人数がわかるのかはお答えできません。国家機密ですから」
「あなたの税率は、まだ1%です」
「今日はその代金を頂に参りました」
税務署員が笑っていった。
斉藤は思った。
『これは新手の詐欺だな』
斉藤は黙ったまま職員をにらみ付けた。
「ああ・・私は詐欺師じゃありませんよ」
「なんだったら警察に電話してみたください」
「私たち有名税務署は超法規的組織ですので、日本の法律には適応されません」
「もし払っていただけなければ、あなたはまた無名のタレントに逆戻りですよ」
脅しなのか何だか分からないまま、斉藤は収入の1%を、その有名税務署員に渡した。
その後、斉藤勇次郎の税率はアップしてゆき、知名度もどんどんアップしていった。
記憶屋ジャック
2008年04月04日

記憶屋ジャック
「ほう、連続女性殺人犯がつかまったのか・・」
記憶屋のジャックは、薄暗い店の奥で新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる。
ジャックの商売は、記憶屋という商売だ。
記憶屋は、他人の記憶を売買する商売である。
違法な仕事なのだが、需要が多くあるため、こんな場末のビルで店を出している。
記憶は、ジャックのような記憶屋の特殊な技術によって液体のような物質に還元される。
極細い針を脳に刺し、そこから脳の記憶中枢を刺激し、記憶を吸い取るのだ。
液体に還元された人間の記憶は、色々な色の液体になって瓶の中につめられて売られている。
それら楽しい記憶や悲しい記憶は、色とりどりの瓶につめられ、店の棚いっぱいに並べられていた。
楽しい記憶や快楽を伴う記憶は、高額で売買される。
誰も楽しい記憶など手放したくはないだろうと思うだろうが、そのような記憶を金に変えたい連中も大勢いることもたしかだ。
また、辛い記憶や悲しい記憶を吸い取ってもらいたい人々も大勢いいる。
そんな人たちは、大金をはたいて記憶屋で辛い記憶を消してもらう。
違法だといったのは、他人の記憶は危険でもあるからだ。
他人の記憶を飲むことによって、努力無しに高度な知識を得たり、快楽やスリルを味わったりすることが可能ではある。
しかし、他人の記憶には中毒性があり、他人の記憶を飲みすぎた場合など、自分の記憶か他人の記憶かが分からなくなり、人格が崩壊することある。
そんな危険な薬であるにもかかわらず記憶屋が繁盛しているのは、自分の経験だけでは満足できない人間の業のようなものだろうか。
ある意味、不幸な人間がこの世界には多すぎるともいえるだろう。
「俺がこんな仕事してるのも、不幸な奴がいっぱいいるからさ・・・」
ジャックは、殺人犯逮捕のニュースなど直ぐに忘れ、記憶の調合に勤しんでいる。
記憶液の調合は芸術的センスが要求される。
微妙な色のニュアンスが、記憶の刺激を彩るのだ。
楽しい記憶には、微量な悲しみの記憶を数滴混ぜ込む。
そうすることによって、楽しい記憶がより楽しくなり、記憶のリアリティが倍増するのである。
香水の中に、微量の便の匂いを混合させるのと同じ法則だ。
悲しい記憶ばかり飲む人々もいる。
悲しみ中毒という奴だ。
心に深い傷を負った人々は、幸福になることを極度に恐れ、悲しみの記憶を飲み続ける。
金持ちは、金に飽かして快楽の記憶や楽しい記憶を飲み続ける。
そんな連中は、本当の幸福などとうの昔に忘れしまった奴らだ。
ジャックは、調合した記憶液を瓶につめ、店の棚に並べた。
その時、店のドアを乱暴に開け、よれた皺だらけコートを着た男が突然入ってきた。
「ジャックというのは、あんたか?」
男はぶっきらぼうにジャックに言った。
「ああぁ、そうだけど、あんた誰だい!」
ジャックも負けずにぶっきらぼうに答えた。
「おれか、おれは刑事だ!」
そう言いながら、その男は警察手帳をジャックの目の前に見せた。
「刑事さんか・・・・」ジャックは、無表情に答える。
「ちょっと聞きたい事があるんだが」半分になったタバコに火をつけながら刑事が言う。
「どんなことだい」ジャックは無愛想に言う。
「あんた記憶屋だろう・・・記憶の売買は違法だと知ってるな」刑事が嫌みったらしく言った。
「世の中不幸な奴が多すぎる、記憶屋は必要悪ってやつさ!」強気でジャックが言う。
続けてジャックが言った。
「政治家も、警察の上の連中も、その奥さんたちも、ここのお得意さんだぜっ・・・」
刑事が、タバコの煙にむせながら言った。
「・・・まぁ、今日は記憶薬の取締りってわけじゃぁないんだが・・・」
薄暗い店内に、タバコの薄紫の煙が、切れかけの蛍光灯の下をユラユラと漂っていた。
刑事とジャックの沈黙が気まずさを通り越して、緊張感になっていく。
「最近、この男が店に来なかったかい・・」
刑事がジャックに写真を見せた。
「だれだい、こいつ」
ジャックが写真を見ながら無愛想に言う。
「こいつは、連続女性殺人の犯人とされてる奴さ」
と言う刑事は、ほとんどフィルターだけになったタバコにも気づかない。
「記憶に無いねぇ・・」ジャックが言う。
「記憶屋に記憶がないってか」刑事が苦笑いをして言った。
「奴は、自分が犯人だと言って自首してきたんだが、俺は奴じゃないと睨んでいる」刑事が言う。
「自首してきた奴だろう・・そいつが犯人じゃないのかい?」ジャックが答える。
「自白した殺人の状況も一致しているし、死体も場所もそいつの言った場所に埋めてあった・・」刑事が言う。
「じゃ、間違いないね、そいつだよ、殺人犯は!」ジャックが強く言った。
「こいつは、長年やってきた刑事のカンってやつだが」
そう言いながら、刑事は新しいタバコを口にくわえ、火をつけた。
「カンなんて、あたったためしがないな・・」
ジャックが煙い顔をしながら言う。
「喉が渇いたな・・刑事さんもコーヒー飲まないか?」
ジャックが、店の奥に会ったコーヒーメーカーのポットを持ってきて、カップに注いでいる。
「いただこう・・」
刑事が、タバコの火を消しながら、ジャックからコーヒーの入ったカップを貰った。
店の中は、タバコとコーヒーの匂いが咽るように充満している。
グビッとコーヒーを一口飲んだ刑事が言った。
「美味いコーヒーだな・・・」
「特別な高いコーヒーだからさ!」ジャックが言う。
「よほど儲かっているとみえる」
グビグビとカップからコーヒーを飲みながら刑事が嫌味っぽく言った。
「あんたも刑事なんか辞めちゃいなよ!」
ジャックが言った。
刑事の手がプルプルと震えている。
「なんか悪寒がするな、風邪でもひいたか・・」
刑事が言うが早いか、床にドカッ」と倒れこんだ。
「高級なコーヒーなんだよ、それは!」
床に倒れた刑事を見ながらジャックつぶやく。
「そのコーヒーには連続殺人犯の記憶液がタップリ入ってるからな。
人殺しの記憶の入ったコーヒーは美味いだろう・・・」
「あんたはやってもいない殺人の罪悪感で、一生苦しむかもな・・・」
ジャックは、不気味に微笑んだ。
連続殺人の真犯人はジャック!
自分で自分の殺人の記憶を消し、犯人が自分であることも気づかない。
そして吸い取った記憶液を他人に飲ませ、そいつを犯人に仕立て上げる巧妙な罠。
今日もジャックは、穏やかな気分で記憶液を調合している。
小説 小さな足跡
2008年04月03日

小さな足跡
男の家に、その小さな足跡が付くようになってからもう数ヶ月にもなる。
最初は、猫か犬かの足跡だろうとも思ったが、形が随分と違うのに気づいてはいた。
動物の足跡というより、むしろ人の足跡のようであった。
小さな人型の足跡である。
子供の足跡にしては小さすぎる。
あまり考えたくは無いが小人の足跡ではないかと、男は思っていた。
コロポックルや座敷童、あるいは河童や妖精などの異世界の住人かもしれない。
始めのうちは玄関のみにしか足跡は着いていなかったが、最近では壁の部分や天井にまで足跡があることがあった。
もはや犬猫ではないこは確かである。
しかし、なにか悪さをするというわけでもない。
かといって、良いことをするわけでもない。
ただ単に足跡を残すのみの存在である。
確かに何物かが男の家に住んでいることは間違いが無いのだが正体が知れない。
はじめのうち、男は気味悪がっていたが、時間が経過するほどに親しみを覚えはじめていた。
一人暮らしの男にとって、家族が増えたような感覚である。
ある意味、男の無味乾燥な毎日に楽しみが出来た、とでもいえるだろう。
男にとっては、何十年ぶりかの幸せな気分といっても良いかもしれない。
あるとき男は。この小さな足跡の形に違いがあることを発見した。
小さな住人は数人で、男の家に住み着いていたのだ。
男はこの住人に名前を付けている。
「ジョン、ミック、エリザベス、シンディ」
今のところ足跡の形は4種類だが、男女の差もわからない。
しかし、男にとっては愛すべき家族であるには違いない。
昔から座敷童が住み着くと良い事があるとか、コロポックルを見ると幸せになるとか言われている。
その逆に、河童に悪さをされただとか、シッポの尖った妖精が不幸をつれてくるだとか言われることもある。
しかし、それは人間側の勝手な迷信に過ぎないのだろう。
異世界の住人を気味悪がれば、不穏な出来事はそべてそのせいにされてしまう。
また、異世界住人に親しみを覚えれば、良い出来事はその住人がもたらしたと思い込む。
異世界の住人は、ただそこに現れ消えるのだけの存在である。
良いも悪いも、幸も不幸も人間の都合で決められてしまうのが常だ。
いつしか男は、この異世界の住人が、いつまでもこの家に住み続けてほしいと願うようになっていた。
昭和猫町五丁目 ダイハードはつらいよ
2008年04月02日

昭和猫町五丁目
ダイハードはつらいよ!昭和猫町人情篇
ペンキ絵作家の狐の権座エ門さんはゴンザさんと呼ばれている。
映画館の看板や銭湯の富士山などを描くのが仕事である。
青空さんという絵描きさんに飼われていた狐で、今はもう十年以上生きて人間に化けれるようになった。
飼い主の見よう見まねでゴンザさんも絵が描けるようになった。
青空さんは、空の絵を描くのが上手い絵描きさんで、ゴンザも空の絵を描くのが好きなのだ
しかし、空の絵を描くチャンスは少なく、富士山の絵を描くときぐらいしか腕を発揮できないのを残念がっている。
今日の仕事の依頼は、町で唯一の映画館”猫町シネマ館”の映画の看板だった。
シネマ館の映画は1週間ごとに変わるので、ゴンザさんの仕事はけっこう忙しい。
映画はたいてい2本立てでやっていた。
昭和の古い映画と新しい映画との2本立て、と言う場合もあった。
たとえば”男はつらいよ”と”ブルース・ウィリスのダイハード4.0”とかの抱き合わせである。
”男はつらいよ”などは48作もある昭和の映画なので、ほとんど毎週のように上映されていた。
「僕が描く映画の看板は特別なので、満月の夜は気をつけないといけないなぁ・・」
独り言を言いながら、ゴンザさんは映画の看板を描いている。
「楽しい映画ならいいんだけど、悪者なんか出る映画だと危険なんだよねぇ」
渥美清の顔を描き終えて、次はブルース・ウィリスの顔を描きはじめた。
この町は化け猫や狐や狸の妖気の漂う町である。
妖気といっても”陽気な妖気”なので、恐くも無く怪しくもなく楽しくなってしまう陽気な妖気である。
狐のゴンザも化け狐の仲間なので、特別な力を持っていた。
ゴンザが描いた絵は、満月の夜になると絵から浮き出て、一時的に本物の人間にように動いてしまうのだった。
「そーいえば、飛騨の匠の左甚五郎の彫った眠り猫も、夜になると起き出すっていうらしいね」
後ろで看板を眺めていたシネマ館のタマオがゴンザさんに言った。
「そーいえば、今日は満月だね・・・大丈夫かな?」
ゴンザがチョイト心配しながら言う。
「まぁ、ゴンザさんの妖力はランダムだから、出たり出なかったりですよ」
タマオが呑気に言う。
「青い山脈と男はつらいよの2本立てにしないかい?一番安全そうな映画だよ!」
とゴンザが言ったが、予定どうりの上映をしないと観客がうるさいのだ。
そうして、不安なまま男はつらいよとダイハードの看板が出来上がってしまった。
猫町シネマ館も、土曜の夜はオールナイト上映である。
満月の夜、男はつらいよとダイハードの2本立てに、観客は満員だった。
あのシガラキさんとタマ子さんも2度目のデートで、映画館に来ていた。
パァァ~~ン!パァァ~~ン!
突然、映画館の外で銃声の音が数発鳴り響いた!
「ガブリエル!動くな!」
ジョン・マクレーンがテロリストに向かって、銃を向けている。
「お前みたいなアナログ人間に、俺は捕まえられん!」
そう叫びながらテロリストのガブリエルは、シネマ館の中は逃げていく!
ジョン・マクレーンは、パァァ~~ン!パァァ~~ン!と数発拳銃を撃った。
その一発が車寅次郎の鞄をかすめた。
「マクレーンさん、そんなに拳銃撃ちまくっちゃあぶねえよぉ!」
寅さんがジョン・マクレーンに言った。
「寅さん、危ないぜっ!どいててくれ!」
ジョン・マクレーンがテロリストを追ってシネマ館の中に入っていく。
寅さんもつられて館内に入っていった。
シネマ館の中は大騒ぎになっていた。
テロリストのガブリエルに、シガラキさんとタマ子さんが人質になってしまっていたのだ!
「ジョン・マクレーン!近づくとこいつらの命は無いぞっ!」
銃口をシガラキさんに向かってテロリストが叫ぶ。
ジョン・マクレーンは拳銃を両手で持ち、狙いをガブリエルに向けたまま沈黙している。
「僕は殺されてもいい!タマ子さんは離してくれっ!」
シガラキさんがテロリストに言う。
「いいえ!あなただけ一人にはしないわ!」
タマ子さんも言った。
「うるさい!お前ら、黙ってろ!!」
テロリストが人質に向かって言った。
そこへ、にこやかに現れた車寅次郎が、テロリストに向かって諭すように言った。
「ガブリエルさん・・・そんなことしたって、世の中良くならないよ。
まぁ、ピストルなんか物騒なものはやめにして、一杯やらないかい?」
「お前は誰なんだ!」ガブリエルが言う。
「俺かい?今日の2本立てのもう一本の映画の主人公よっ!」と寅さん。
「虎屋の風来坊だなっ!」ガブリエルが言う。
「こんなことやってちゃ、草葉の陰でおっかさんが泣いてるよ・・・」寅さんが言う。
「母親の顔なんか忘れたぜっ!」ガブリエルが吐き捨てるように言った。
「そんあこたぁねぇよ!あんたのおっかさんは今でもきっとあの世であんたのこと心配してるぜっ!」寅さんが言う。
「・・・・・」ガブリエルの目に涙が一筋こぼれたように見えた。
ジョン・マクレーンが言う。
「今なら、まだ間に合う、人質を放せ!」
「わかったよ、寅さんには負けたよ・・・」ガブリエルが人質を解放し、持っていた拳銃をジョン・マクレーンに渡した。
ジョン・マクレーンに手錠をかけられたテロリストが、寅さんに肩を抱きかかえられて映画館の外に出て行く。
シガラキさんとタマ子さんは、抱き合って泣いている。
満月の夜も終わりかけ、白々と夜が明けるころ、寅さんとジョン・マクレーンとガブリエルは映画館の看板の中へ吸い込まれるように消えていった。
昭和猫町4丁目 招き猫湯のシガラキさん
2008年04月01日

昭和猫町4丁目
招き猫湯のシガラキさん
狸のシガラキさんは、今日も番台に座って本を読んでいる。
昼下がりには客も少ないので、いつも世界名作全集を読んでいるのだ。
それでも、夕方頃になると客が増えてくる。
常連客には、古本屋の寅次郎や電気屋のジョンも居た。
常連客の他にも、昭和の銭湯を懐かしがって訪れる観光客もけっこうやって来る。
土日や祝日にはけっこう混雑するので、常連客は閉店間際の午後12時ごろしかやってこない。
銭湯の入浴料金が100円という安さであるが、観光客が大勢来るのでやっていけるということらしい。
シガラキさんの経営する銭湯は”招き猫湯”という名前である。
書院造りの立派な銭湯であるが、浴槽の後ろのペンキ絵は富士山と決めている。
浴場のペンキ絵は5丁目の狐のゴンザさんが描いているのだが、今ではペンキ絵が芸術とされ、テレビにも時々出ている職人さんだ。
狐のゴンザさんとシガラキさんは、昔山を駆け回っていたころからの幼友達であった。
銭湯につきもののコーヒー牛乳やフルーツ牛乳は、番台の横にあって、未だに30円という安さである。
これが話題になって雑誌の取材を受けたこともあった。
脱衣場の隅っこでは、大山椒魚のサン輔さんとシーラカンスのカン三郎さんがいつものように碁をさしている。
これもいつもと変わらない光景で、二人の碁は数時間も続くこともある。
大山椒魚もシーラカンも100年以上生きると人間に化けることができるという噂であった。
番台からは女湯も見れるのだが、いかんせん狐や狸や化け猫などの妖怪連中では欲情もしない。
たとえ人間の女性であっても、シガラキさんは狸なので何も色っぽくもない。
浴場で欲情するのは、よくないじょ~!という諺も・・・聞いたことは無い!
「はい!子供は1人50円だよ・・」
シガラキさんは、番台の上から近所の子供会の子供たちに向かって言った。
子供たちは、銭湯が珍しいのか、ワイワイ騒いでいる。
「銭湯の中では、あまりはしゃがないように注意してくださいね!」
子供会の世話人の人間に化けた化け猫のタマ子さんが、女湯から声をかけている。
シガラキさんは、タマ子さんに軽く会釈をしながら微笑んだ。
「いつも子供たちが騒いですみませんね」
タマ子さんがタオルで身体を隠しながら言った。
「ああ・・子供は元気が一番です!」
シガラキさんは笑いながら言う。
そぶりを見せないようにしていたが、シガラキさんはタマ子さんのことを好きなのである。
そんなことなので、子供の誰かが銭湯の隅にある水槽の金魚をコッソリ食べてしまっても文句を言わなかった。
「ところで、今度の出来た新しい映画館には行きましたか?」
シガラキさんはタマ子さんに言った。
「まだですの・・・行ってみたいとは思ってますけど・・」
タマ子さんは微笑んで答えた。
「明日映画館で昭和の名作”青い山脈”をやるのですが、一緒に行きませんか?」
シガラキさんは思い切っていってみた。
「えっ!あの映画をやるんですか!是非見たいですわ」
タマ子さんが喜んで言った。
「いい映画ですよね・・」
シガラキさんが言う。
「私、原節子のファンなんですの」
そう笑うタマ子さんの顔は原節子にそっくりである。
「あっ・・僕も原節子の大ファンなんです・・・」
シガラキさんがそう言うと、タマ子さんはちょっと顔を赤らめた。
池部良に似ているシガラキさんも、ちょっと顔を赤らめた。
実のところ、タマ子さんもシガラキさんのことを憎からず思っていたのだった。
そうして、シガラキさんのデートの約束は、何の苦労も無くあっさり成功してしまった。
関係ない話だが、シガラキさんの遠い親類が、あの信楽の焼き物の狸のモデルだったとは、昭和猫町の誰も知らないことだ。
池部良似のシガラキさんは、あの飲み屋やなどで玄関でチンチンを丸出しにしてたたずんでいる狸の置物が、親類であるとは言えなかったのである。
招き猫湯が終わる頃、大きな身体をした外国のお客さんがやってきた。
「おお!ここが日本の銭湯というものですか!」
外国のお客さんは、黒い肌で体重も重そうなアフリカ人だった。
「いらっしゃい」
シガラキさんは答えた。
「おお、ここで服を脱いで裸にんるので~すね!」
そう感動しながら、脱衣場でそのアフリカ人は服を脱いでいる。
しかし、突然その人の立っていた脱衣場の床がメキメキという音を立てながら、ズボォ~~ン!と壊れ、大きな穴が空いてしまったのだ。
「おお!たすけ~てくださぁ~い!」
アフリカ人が、シガラキさんに助けを求めた!
シガカキさんがあわてて、番台から助けに行く。
何が起こったのかわからない常連客も驚いて、アフリカ人を穴の開いた床からみんなで引っ張り上げた。
「あ、ありがとうござま~す・・」
アフリカのその人物は言った。
「私はエレファン太というもので~す、アフリカから来たアフリカ象で~す!」
続けてエレファン太が言った。
像も100年生きると、人間に化けることができるということらしい。
しかし、いくら人間に化けても体重までは変えれない!
「ここの銭湯じゃ、あんたの身体じゃ入浴は無理ですよ・・」
シガラキさんが困った顔で言う。
「おお・・・、せっかく日本のお風呂にはいりたかったのに・・・残念で~~す」
エレファン太が言う。
「おお!そうだっ!」
シガラキさんが良い事を思いついたようだ。
「ここからチョット歩いた所に猫町温泉があります、そこの露天風呂なら大丈夫ですよ!」
そう言うと、シガラキさんはエレファン太を猫町温泉の露天風呂まで案内した。
そんなこんなで、無事にエレファン太は日本の風呂を満喫できたようだ。
常連客のシーラカンスのカン三郎が、シガラキさんに言った。
「こんな大きな穴が開いたんじゃ、明日は休みだね!」
「そうだね・・・明日は休みにするか・・」
シガラキさんは、そう言いながら大工の源ジイサンに電話をかけた。
そして、大工の源ジイサンが穴を直してくれることになった。
「みなさん!明日はお休みにします!」
シガラキさんは大きな声で、みんなに言ったが・・・
『どうせ明日はタマ子さんとデートだし・・・』
心の中でシガラキさんは思っていた。
デートに出かける前、シガラキさんは銭湯の前に大きな手書きの看板を立てかけた。
『本日臨時休業。化け象の方はお手数ですが猫町温泉の露天風呂にお入りください』
からくり大仏事始(びぎにんぐ)
2008年03月31日

からくり大仏事始(びぎにんぐ)
からくり甚五郎は羽田夢佐衛門春之助という長たらしい名前の住職の寺で、居候を決め込んでいた。
羽田夢佐衛門春之助は元武士であったが、武士の宮仕えに嫌気が差して、今は出家し僧侶になっている人物である。
「春さん、美濃の城下町も平和だねぇ!」
からくり甚五郎が羽田夢佐衛門春之助に言った。
羽田夢佐衛門春之助の名前があまりに長く言いにくいので、甚五郎は”春さん”と呼んでいる。
「そうだねぇ・・甚さん。こういう退屈な平和がいつまでも続くといいですねぇ・・・」
春さんが、ほうじ茶を美味そうにすすりながら言う。
ひねもすのたりの時刻に、こうしてとりとめも無い話をしながら茶を飲むのが、2人の日課でもあった。
「てーへんでぇい!てーへんでぃ!」
突然、寺の門前の方角から、けたたましい声を響かせながら治郎吉が走ってきた。
「大変ですよ、甚さん!春さん!」
治郎吉が息せき切って苦しそうに2人に言った。
「治郎吉っあん!どーしたっていうんだいっ!そんなに慌てちゃって!」
甚さんが、びっくりして言った!
「どーしたもこーしたも股下も鼻の下も・・・・ゲホッゲホッ・・」
治郎吉の咳き込んでしまった。
春さんがほうじ茶を差し出し、茶をゴクゴクと飲み干して治郎吉が続ける。
「また、金持ちんとこの蔵が襲われましたぜっ!」
「ひょっとして、またあの仁王さんの化け物が蔵を襲ったっていうのかい!?」甚さんが難しい顔をして言った。
「そうよっ!材木問屋・美濃屋の蔵から千両箱をゴッソリ盗んでいきやがったのよっ!」治郎吉が、また茶を飲みながら言った。
「60尺以上もあるって噂じゃないですか?その仁王さんは・・・」春さんが言う。
「本物の仁王さんが、そんな悪行するわけがねぇ・・・!!甚五郎が腕を組みながら考える。
「そうさっ!そんでもって、俺はあの仁王さんはからくり仕掛けの仁王さんじゃねーかって睨んでる!」治郎吉が言った。
「甚五郎さんが作った”からくり大仏”と同じ物ようなからくりが、もう一つあるって言うのですか!?」春さんが言う。
「そうとしか考えられん!」甚五郎と治郎吉が、声をそろえて言った。
「あんな大きな仁王像を隠すには、広い場所は必要だ、寺の山門とか、五重塔とか・・・」甚さんが考えながら言う。
「あの大きさの仁王さんがある寺っていえば・・この辺じゃ蓮覚寺しかないでしょうね!」春さんが言う。
「おおっ!そういえば寺の門の両側に、そんくらいの大きさの仁王像があったな」治郎吉が言う。
「では、蓮覚寺に行って、仁王さんを拝んでくるとするか」
そう言うと、3人は蓮覚寺へ歩いていった。
蓮覚寺の山門は巨大で、阿形と吽形の形相の金剛力士像が聳え立つようにあった。
「阿吽の仁王さん・・・なかなかの出来具合じゃないですかな・・・」春さんが、感心しながら言った。
仁王像を眺めながら、甚五郎が言う。
「この作りは・・・からくり仁左衛門のつくりじゃねぇか!」
「からくり仁左衛門って、誰だい?」春さんと治郎吉が言う。
「からくり仁左衛門は、俺の兄弟弟子よ・・・」甚さんが言った。
”からくり甚五郎”と”からくり仁左衛門”とは、飛騨の匠・五代目左甚五郎の元で共に技を磨いた兄弟弟子であった。
だが、からくり甚五郎が名前を受け継ぎ、仁左衛門はそのゆがんだ性格ゆえに破門になった。
仁左衛門は”甚五郎”の名前を襲名できなかったことを、ずっと逆恨みしていた。
そして、破門後からくり仁左衛門はその技を買われて、盗賊・霞の蜘蛛衛門の一味になったらしいと、もっぱらの噂である。
「この桐の木の彫り方といい、仁王さんの顔つきといい、仁左衛門の細工に違いねぇ!」
からくり甚五郎は確証を得たように言い放った!
「するってーと、この仁王さんが夜な夜な町を騒がせてるっていう、からくり仁王さんですかい?」
治郎吉が山門の周りを調べて言う。
「そうよ!きっとそうにちげーねぇ!」甚五郎が強く言った。
「今日の夜は新月だ!盗賊にとっちゃ泥棒日和っていう夜ですね」
春さんが計画を練りながら、2人に続けて言う。
「甚五郎さん!治郎吉さん!俺たち3人で霞の蜘蛛衛門の一味を出し抜いてやろうじゃないですか!
こちらには、甚さんのこさえた”からくり大仏”もあることですしね!
今夜の城下町は、大騒ぎになりますよ!」
そうして、春さん甚さん治郎吉の3人は、蜘蛛衛門の一味を取り押さえる企てを考えたのだった。
草木も眠る丑三つ時の半時前、豪商・三川屋の黒塀の前で春さんと治郎吉が隠れながら、盗賊一味を待ち伏せしていた。
「奴らが狙うとしたら、この小さな城下町じゃ三川屋しかねぇとふんだんだが・・」
治郎吉がカンを働かせて、三川屋を選んだのだ。
「近所で地響きがしたなら、すぐさま甚さんを呼びに言ってくださいよ!」
春さんが、治郎吉に言った。
「合点承知よっ!」治郎吉が言う。
新月の夜、星だけが瞬く夜空に流れ星は、一つ二つ。
犬の遠吠えが、城下町に木霊する。
突然、蓮覚寺の方向からドシンドシンと地響きが聞こえてきた。
「おおっ!からくり仁王さんのお出ましですよぉ!」
春さんが治郎吉に言った。
「ひとっ走りして甚五郎さんに知らせてくらぁ!」
治郎吉が言うなり、脱兎のごとく走り出した。
「治郎吉さん!例の菜種油も忘れないでくださいよっ!」
春さんが叫ぶ!
「おうっ、まかせとき!」
治郎吉が叫ぶ!
案の定、からくり仁王は三川屋の蔵に向かって、地響きをたてながら近づいてきた。
「ちっ!思ったより早くやってきちゃったね!」
春さんが、忌々しく叫んだ!
からくり仁王は盗賊一味の作りなので、早く逃げれるように軽い木材の桐で作られている。
それゆえ、ケヤキで作られた丈夫で重い大仏より早く動けるようなのだ。
「こいつぁ、ちょいとヤバイかもしれませんよぉ・・・」春さんが小声でつぶやいた。
バキッバキッバキッ・・・・!!
三河谷の黒塀を破壊しながら、からくり仁王が千両箱のたんまり入った蔵に近づいていく。
からくり仁王が蔵の壁を壊そうとした、その時・・・・!!
「からくり仁左衛門!ここで会ったが百年目!悪行はゆるさねぇぜ!」
そう叫びながら、甚五郎の操縦するからくり大仏が現れた!
蔵の壁を壊そうとしている仁王の腕を、ムンズッ!と鷲づかみにして蔵から引き離した。
「おお・・お前は・・甚五郎・・!?」
仁王の操縦席から仁左衛門が叫ぶ。
「久しぶりだなぁ!盗賊家業とは落ちぶれたもんだな!仁左衛門!」
甚五郎が言い返す。
「こうなっちまったのも、みんなお前のせいよ!」
仁左衛門も言い返す。
「逆恨みってのも往生際が良くねぇぜ!」
甚五郎が、そういうが早いか、掴んだ仁王を引き倒した。
ドドドドッ~~~~ン!!と地面を揺らし、仁王は転倒した。
「やりあがったなっ!」
仁左衛門が叫ぶと、仁王はすばやく立ち上がった。
「さすが、桐でできているだけあって、素早いぜっ!」
甚五郎が言うが早いか、大仏の右手が仁王の胸辺りにパンチをお見舞いした!
ガァァ~~ン!と木のぶつかり合う激しい音を響かせて、仁王の胸がベコンと凹んだ!
「どうよっ!こちらはケヤキで出来てる上物よ!」
甚五郎がもう一度パンチを出そうとした瞬間、後ろから何物かに羽交締めにされたのだった!
「甚五郎よっ!仁王さんは一人じゃあないんだよ!二人の対で仁王さんよっ!」
仁左衛門が笑いながら言う。
背後から忍び寄った吽形の仁王に羽交締めにされたからくり大仏は、身動きが取れない!
「これで、からくり大仏も甚五郎も、今日で見納めっていうもんさっ!」
吽形の仁王の操縦席で、盗賊の首領・霞の蜘蛛衛門が不敵に笑った。
「くそっ!盗賊の親玉の蜘蛛衛門のお出ましってわけかいっ!」
甚五郎が忌々しくさけぶ!
仁左衛門の操る阿形の仁王が、大仏の胸や頭を容赦なしに殴りつける!
ド~ン!ガ~ン!と、城下町の夜を響かせながら、仁王の大仏攻撃は激しく続く!
その騒ぎを聞きつけた、大勢の野次馬が周りを取り囲み、叫んでいる。
「大仏!がんばれ!」
「大仏!負けるんじゃね~~!」
「マカハンニャハラミタシンギョウ」
しかし、仁王の攻撃は無慈悲に容赦なく続く・・・
「菜種油持って来たぜッ!」
治郎吉が、春さんに野次馬の声に負けない大声で言う。
「おお・・遅かったじゃないですか!」春さんが言う。
「野次馬連中がいっぱいで、遅くなっちまったぜ、申しわけねぇ・・」
菜種油の入った樽の栓を抜きながら、治郎吉が言った。
「仁王が大仏に気をとられている今のうちに、油を仁王の足に撒きますよ!」
と、春さんが号令をかけ、治郎吉と春さんは大仏を殴りつけている仁左衛門の阿形の仁王の足に、菜種油をぶち撒いた。
そして、すぐさま春さんがその油に火を放った!
ゴッ~!と音を立てながら菜種油の火が、仁王の足を燃やした。
「あっちっち・・・!」
仁左衛門は足の火に気がつき、火を消そうとしているが、桐の木は火が燃えるのが早い。
みるみる仁王の足を燃やしていく。
仁左衛門の仁王が慌てふためく隙に、からくり大仏は後ろで羽交締めにしていた仁王を、エイッ!と背負い投げで前方に投げ飛ばした。
ドッドド~~ン!と吽形仁王は背中からもんどりうって倒れ、そのまま動かなくなったしまった。
「次は、お前だぜっ!」
甚五郎は火がついて慌てふためく仁王の胸に、思いっきりパンチを食らわせた!
ガッガガガガァ~~ンッ!
木製の歯車を四方八方に撒き散らしながら、阿形の仁王は文字どうり仁王立ちになったまま停止した。
胸に空いた大きなパンチの穴から、仁左衛門が逃げ出し、何処かへトンズラしたようだ。
野次馬たちが歓声を上げる!
「うぉ~!大仏~~!」
「やったぜっ!」
「ありがたやぁ・・」
「南無阿弥陀仏・・」
からくり大仏に手を合わせて拝む人や、お経を唱える人までいた。
倒れたままの吽形の仁王さんから、盗賊の首領の蜘蛛衛門が捕らえられ、後に獄門打ち首となった。
しかし、からくり仁左衛門は、トンズラして行方知れずのままで、未だに捕獲されてはいない。
「治郎吉っさん、もう江戸へ帰るんかい・・・」
名残惜しそうに、からくり甚五郎と春之助が治郎吉に言う。
「江戸じゃ、かかぁとガキがまってるんでね。また珍しい本あったら持ってきやす!」
治郎吉も名残惜しそうに言った。
「たのむぜ!治郎吉っさん」甚五郎が言う。
「気をつけなされ!」春さんが言う。
「それじゃ、あっしはこれで・・」
そう言いながら、治郎吉が手ふって旅路に出てゆく。
美濃の空は、天下御免の晴天であった。










