壁紙 三太苦労す

2007年12月23日


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作品と作家自身

2007年12月22日


一般的にアーティストの描いた作品は、作家自身の精神を表現していると言われているが、実のところこれは迷信に近いものだ。
本当に芸術を理解しているアーティストならば、自分自身の本質を路傍してしまうような作品など公表はしないだろう。
まかり間違ってそのような物件を描いてしまったならば、作者はその作品を地下室の壁に埋め込んでしまうか燃やしてしまうか、あるいは死後公表するかどれかの選択をするであろう。
曲がりなりにもプロと呼ばれるアーティストならば、あらゆる表現方法をマスターしているはずである。
自身の作品を暗くしたり明るくしたり、あるいは病んで見せたり健康的に見せたり、そんな操作は自由自在である。
一般的には、芸術作品は作者自身の精神を表現していると思わせてはいるが、実は綿密に操作された作品というのが真実なのだ。
百歩譲ったとしても、芸術家の精神のある一部分のみを作品に現しているに過ぎない。
けっして自分自身を白昼にさらけ出すような馬鹿な真似はしないものだ。
それがアーティストというものであり、また天才と呼ばれるようなアーティストならば、なおさら自分の本質を覆い隠しているのが真実である。
ゴッホの絵は耐久性など考えもせず自由奔放に描かれていると一般の人々には思われているが、実のところゴッホの油彩のテレピン油やリンシードオイルなどのオイルと顔料の配合は超一流の耐久性を持っている、決して気分しだいのでたらめ描いているわけではない。
ムンクやそのほかの病理を持っているとされている芸術家でさえ、客観的に物を観察する鋭い洞察力を有しているのであって、精神が病理に蝕まれているわけではない。
真実病んでいるのであれば、作品など描けるわけもないのはちょっと考えればわかることである。
芸術家は、一般の人々にも理解できるよう表現方法を選んでいるのである。
ゆめゆめ芸術家の伝説などに惑わされてはいけないのである。
savvy? (おわかり?)


  

Posted by さかいほういち at 18:13Comments(0)TrackBack(0)日々の雑文

エゴン・シーレのエロス

2007年12月21日


1918年28歳で夭折した、ウィーンの画家。
その細いエロティックで神経質そうな人体の描写、あるいは今にも折れそうな樹木のある風家、それらの多くの作品群は、今も多くの熱烈なファンを生み出しているようだ。
クリムトの友人でもあったが、ウィーン分離派にも属さない個性的な表現方法は、むしろドイツ表現主義に近いような気もする。
作品が売れない当時は、卑猥ともいえるような裸婦スケッチを売り生計をたてていたようだが、いかがわしいポルノと呼ぶにはあまりにも芸術的で繊細な裸婦スケッチである。
個人的に好きな画家であるのだが、日本ではそんなにメジャーでないのは、その退廃的な芳香を放つエロスゆえであろうと感じている
女性の体を奇妙なまでに変形させて、そのエロティシズムを強調させる手法は卓越している。
禁欲的とも快楽的とも読み取れるような裸婦作品の数々は、屈折したエロスのエネルギーを感じさせてくれて、私はとても好きだ。
セザンヌやマイヨールのような健康美でもなく、ウォーホールやデュシャンのような乾いたエロスでもなく、好きな女性を抱くに抱けないようなその屈折率の激しいエロスがたまらない。
デビッド・ボウイが、このエゴン・シーレを演じる映画が企画されていたようだが、結局は他の俳優がエゴン・シーレを演じ、映画は陳腐なB級映画に成り果てた。
是非、デビッド・ボウイ主演のエゴン・シーレが見たいのだが、もう年齢的に無理かも。


  

Posted by さかいほういち at 18:10Comments(0)TrackBack(0)日々の雑文

ジョン・ケージと茸

2007年12月20日

ジョン・ケージは無類のきのこ好きだったらしい。
ニューヨークのセントラルパークで茸狩をよくしたらしい。
正体不明な茸を食べ、2・3度中毒症状を起こし死にかけたほどだ。
それほどまでに茸が好きなケージにも感服するが、ニューヨークのセントラルパークで茸が採れるというのも凄いことのように思う。

作家の稲垣足穂も、茸の栽培を夢見ていたようである。
東宝映画には「マタンゴ」という茸をたべた人間が、茸に変身してしまうという邦画史上に燦然と輝く傑作もある。
また、ゲームには髭の中年の配管工が茸と合体すると、巨大化したり火を投げたりできるようにもなるものもある。
とにかく、茸には不思議な魅力がある。

私も茸好きの友人の誘いで、1度茸狩りをしたことがあるが、茸ほど奥の深い植物(菌類)はないと思う。
みんな美味しそうに見えるのだが、危険な茸も外見ではわからないようだ。
その晩は茸鍋をしたのだが、しばらくして急に可笑しくてたまらなくなってきた。
どうも笑い茸のような部類の茸が混入していたようだ。
幸いひどくはならなかったし幻覚も見なかったが、とにかく意味も無く可笑しいのである。
あの成分を抽出して、鬱病の特効薬など発見できないもんだろうか?
ネイティブ・アメリカンやインディオなどでは、茸を食べて幻覚を見、自らの未来を予見したりするそうだ。
ビジョン・クエストとか呼ぶらしいが、茸には何か秘密めいたものが隠されているのだろう。
しかし素人の茸狩りほど危険なものはないようなので、知識の無い人はスーパーのエリンギやブナピー程度で我慢するのが得策である。



  

Posted by さかいほういち at 18:10Comments(0)TrackBack(0)音楽三昧

ジョン・ケージと禅

2007年12月19日



禅の影響を受けた現代音楽家にジョン・ケージがいる。
すべての音は採譜された音符になり、すべての音は音楽的である、とのコンセプトで現代音楽の1つのカテゴリーを構築した偉大な現代音楽家である。
そのジョン・ケージの根本的な概念は禅からヒントを得ているらしい。
そのことは、彼の本にも書いてあった。
ジョン・ケージといいボブ・ディランといい、欧米の知識人は禅になんらかの憧憬の念を抱いているのかもしれない。

ジョン・ケージは、ジョン・レノンが住んでいた同じ時期にハウスダコタアパートに住んでいたらしい。
しかも同じ階の上と下だったようだ。
ある日、ジョン・レノンが練習をしていると、その音がうるさくてジョン・レノンに苦情を言いにいったらしい。
ジョン・ケージがドアをノックすると、レノンとヨーコが出てきて丁寧に謝り、直ぐに練習をやめてくれたようだ。
ジョン・ケージのジョン・レノンの印象は「紳士的な好青年」だったと、本に書いてあった。
すべての音、道路工事や深夜の救急車のサイレンなどもすべて含めて音楽的であると宣言しているのに、ジョンレノンの練習の音は騒音に含まれてしまうという皮肉っぽいエピソードが禅的であるとも言える。
が、ただ単に、ジョン・ケージはロック嫌いだっただけなのかもしれない。

愛知県美術館でジョンケージご本人の生演奏を聴いたことがある。
ピアノの足を叩いたり足を踏み鳴らしたり、ジョン・ケージならば芸術なんだが、他の人がやったらただのマヌケにしか見えない。



「4分33秒」という曲(?)で音はない。
ジョン・ケージも西洋的な禅の解釈で「物理的な静寂」を静寂としているようだが、実際禅の静寂は「精神的な静寂」を意味するものである。
いくら世界が騒がしくとも、心は穏やかであるというのが禅の「静寂」の本質であろう。
静かであればいいというものではない、たた単に物理的な静寂を望むなら無音室に篭るか耳に栓でもすれば事足りる。
兎にも角にも現代芸術には、そのバックグラウンドに確固たる「思想」が不可欠であることをジョンケージの音楽は象徴しているかのようだ。
  

Posted by さかいほういち at 18:25Comments(0)TrackBack(0)音楽三昧

ディランと禅

2007年12月18日



20年以上前に、ディランが来日したときのインタビュー「時代のキーワードは何か」との記者の答えに「禅エイジ」とディランが答えていたのを思い出す。
ディランの禅の認識はアレン・ギンズバーグやゲーリー・スナイダーからの影響もあるのではないかと思うのだが、ディランの歌詞自体が禅的な匂いがある。
「答えは風の中にある」とは、詩的な表現であると同時に禅的な芳香も放っている。
ディランの詩は難解であると言われているが、「禅」という解読書を使えば、難解度が軽減される気もしないでもない。
結局のところ、ディランが禅に影響を受けたのは短い間であるようだが、ディランの詩に禅の匂いを感じ取るファンは少なからず居るのは間違いない。
禅の求道者のような表情のしかめ面のディランも、嫌いではない。

ゲーリー・スナイダーは、一時期京都に在住し、禅の修業めいたこともしたほど禅の造詣が深いらしい。
鈴木大拙にも影響を受けた詩人である。
ゲーリー・スナイダーのリビングルームには、私の描いた大山椒魚の絵が飾ってあると噂に聞いたが、事実かどうかは定かではない。
しかし、それが事実だとすると、ディランの眼にも大山椒魚の絵が眼に留まったかもしれない。
そう思うとちょっと楽しい気もするが、その可能性は低いだろう(笑)

Bob Dylan - One More Cup Of Coffee

この歌をきくと「喫茶去」という禅の言葉を髣髴させる。

One More Cup Of Coffee

Your breath is sweet
Your eyes are like two jewels in the sky.
Your back is straight, your hair is smooth
On the pillow where you lie.
But I don't sense affection
No gratitude or love
Your loyalty is not to me
But to the stars above.

One more cup of coffee for the road,
One more cup of coffee 'fore I go
To the valley below.

Your daddy he's an outlaw
And a wanderer by trade
He'll teach you how to pick and choose
And how to throw the blade.
He oversees his kingdom
So no stranger does intrude
His voice it trembles as he calls out
For another plate of food.

One more cup of coffee for the road,
One more cup of coffee 'fore I go
To the valley below.

Your sister sees the future
Like your mama and yourself.
You've never learned to read or write
There's no books upon your shelf.
And your pleasure knows no limits
Your voice is like a meadowlark
But your heart is like an ocean
Mysterious and dark.

One more cup of coffee for the road,
One more cup of coffee 'fore I go
To the valley below.

あなたの息は甘いです。
あなたの目は空の2個の宝石に似ています。
あなたの背中がまっすぐである、あなたの髪は滑らかです。
枕に関して上あなたが横たわる。
しかし、私は愛情を感じません。
謝意でない愛がありません。
私にはあなたの忠誠がありません。
しかし、空の星に。

もうひとつの杯の道路へのコーヒー
コーヒーでは、もうひとつのカップ、'前面に、私は行きます'。
下の谷に。

あなたのパパ、彼は無法者です。
そして、本業として放浪者
彼は慎重に選ぶ方法をあなたに教えるでしょう。
どう刃を投げるか。
彼は王国を監督します。
どんな見知らぬ人も侵入しないで
彼が大声で叫ぶようにそれが震えさせる彼の声
食物の別のプレートに。

もうひとつの杯の道路へのコーヒー
コーヒーでは、もうひとつのカップ、'前面に、私は行きます'。
下の谷に。

あなたの姉妹は未来に遭遇します。
あなたのママと自分のように。
あなたは、読むか、または書くのを一度も学んだことがありません。
本が全くあなたの棚にありません。
そして..喜び..どこまでもとどまるところを知らない
あなたの声はマキバドリに似ています。
しかし、あなたの心臓は海洋に似ています。
神秘的であって、暗いです。

もうひとつの杯の道路へのコーヒー
コーヒーでは、もうひとつのカップ、'前面に、私は行きます'。
下の谷に。  

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ディラン礼賛 おまけ

2007年12月17日


ボブ・ディランとくれば、最後はやはり” I Shall Be Released ”で決めなければいけない!

映画「ラストワルツ」より

I Shall Be Released

They say ev'rything can be replaced,
Yet ev'ry distance is not near.
So I remember ev'ry face
Of ev'ry man who put me here.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.

They say ev'ry man needs protection,
They say ev'ry man must fall.
Yet I swear I see my reflection
Some place so high above this wall.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.

Standing next to me in this lonely crowd,
Is a man who swears he's not to blame.
All day long I hear him shout so loud,
Crying out that he was framed.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.

彼らはev'rything取り替えることができることを言う
けれどもev'ry間隔は近くない。
そう私はev'ry表面を覚えている
私をここに置いたev'ry人の。
私は私のライトが来るのを見照る
東に西から。
今あらゆる日、今どの日でも、
私は解放される。

彼らはev'ry人が保護を必要とすることを言う、
彼らはev'ry人がころばなければならないことを言う。
けれども私は私が私の反射を見ることを誓う
この壁の上の場所そう高く。
私は私のライトが来るのを見照る
東に西から。
今あらゆる日、今どの日でも、
私は解放される。

この孤独な群集の私の隣に立つ、
彼は責任にするべきでないことを誓う人はある。
1日中私は彼がそう大声で叫ぶのを聞く
その叫ぶこと彼は組み立てられた。
私は私のライトが来るのを見照る
東に西から。
今あらゆる日、今どの日でも、
私は解放される。  

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ディラン礼賛 その4 My Back Pages

2007年12月16日

ディランを語るときは、芸術論を語るに等しい。
芸術家が作品を世に生み出したとき、人類はまた1つ豊かになったといってよいだろう。
ときおり「芸術なんか無くても生きていける」と含蓄ありげに豪語する人がいるが、それは「サプリメントだけでも生きていける」と言っているに等しい。
芸術が無くても生きてはいけるが、とても豊かな人生とは言いがたい。
人類は芸術する動物である。
それは、歴史を見れば明らかである。
アルタミラ洞窟の壁画、縄文土器の文様、etcetc・・・・・文化を有する初期段階から芸術的衝動を持っていたことは明白である。

ディランが1つの音楽を世の出したとき、人々の音楽ライフは豊かになり続けてゆく。
それは、すべての芸術にあてはまるものであるが、ことさら音楽に関して言えばディランの影響は大きいものだといえる。
詩・音楽・アート・映画・小説・演劇など、ディランから影響を受けた人々は多い。
音楽にあれだけ多大な影響をおよぼしたビートルズでさえ、ディランに強い影響をうけている。
交友関係も広いものであるようだが、それはディランの人間性によるものだろう。
しかし、芸術家は、本人より”作品自体”が本人以上に”本質”をさらけ出してしまうという皮肉な事実もある。
ディランの音楽が音楽という範疇に止まらず、人々の文化全般に影響を及ぼしているのは言いすぎではないように思う。

ディランがノーベル賞をもらうのか否かは不明だが、それはディラン・ファンの今後のお楽しみ!ということにしておこう。




怪獣総進撃というかウルトラ兄弟全員集合というか、ゴジラ対ガメラ対キングゴング対スターウォーズというか、そんなド・スペシャルな面子である。

My Back Pages

Crimson flames tied through my ears
Rollin' high and mighty traps
Pounced with fire on flaming roads
Using ideas as my maps
"We'll meet on edges, soon," said I
Proud 'neath heated brow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

Half-wracked prejudice leaped forth
"Rip down all hate," I screamed
Lies that life is black and white
Spoke from my skull. I dreamed
Romantic facts of musketeers
Foundationed deep, somehow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

Girls' faces formed the forward path
From phony jealousy
To memorizing politics
Of ancient history
Flung down by corpse evangelists
Unthought of, though, somehow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

A self-ordained professor's tongue
Too serious to fool
Spouted out that liberty
Is just equality in school
"Equality," I spoke the word
As if a wedding vow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

In a soldier's stance, I aimed my hand
At the mongrel dogs who teach
Fearing not that I'd become my enemy
In the instant that I preach
My pathway led by confusion boats
Mutiny from stern to bow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

Yes, my guard stood hard when abstract threats
Too noble to neglect
Deceived me into thinking
I had something to protect
Good and bad, I define these terms
Quite clear, no doubt, somehow.
Ah, but I was so much older then,
I'm younger than that now.

私の耳を通して結ばれる深紅色の炎
Rollinの高く、強大なトラップ
燃えるような道を火と急襲される
私の地図として考えを使用して
「私達は端で会う、すぐに」、iを言った
自慢している「neathは額を熱した。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。

半分苦しめられた偏見は跳躍した
「すべての憎悪の下の裂け目」、私は叫んだ
生命が白黒であることうそ
私の頭骨からのスポーク。 私は夢を見た
銃兵のロマンチックな事実
深のFoundationed、どうかして。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。

女の子の表面は前方道を形作った
偽りの嫉妬から
政治の暗記に
古代史の
死体の福音伝道者によって投げつけられる
の、けれどもUnthought、どうかして。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。

自己任命された教授の舌
愚か者に余りに深刻
噴出その自由
学校の公正な平等はある
「平等」、私は単語を話した
結婚式誓約ように。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。

兵士のスタンスでは、私は私の手を向けた
教える雑種犬
ない恐れている私が私の敵になることを
私が説教する瞬間
私の細道は混乱のボートで導いた
船尾からの弓への暴動。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。

はい、私の監視は時抽象的な脅威懸命に立った
無視するべき余りに貴族
私考えることに欺かれる
私は何かを保護するべき有した
よくおよび悪いです、私はこれらの言葉を定義する
かなりの疑い無し明確、どうかして。
アンペア時、しかし私それからより古かったがあった、
私はそれより今若い。  

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ディラン礼賛 その3

2007年12月15日

ディランのような”意志”や”哲学”をダイナミックに感じさせるようなミュージシャンは、そうざらにはいない。
”ブルース・スプリングスティーン”あるいは”スティング”など、その系譜に属するとは思うが、ディランほどの存在感は感じられない。
ディランのような意志や哲学を全面に押し出すようなアーティストは、日本のようなアジア的母系社会では育ちにくいように思う。
「みんな仲良く」社会では、ある意味「意志や哲学」は、たとえそれが「真実」であったとしても、秩序を乱す”邪魔者”になる危険性をはらんでいるからだ。
ディランがアコースティックギターをエレキギターに持ち替えたとき、”裏切り者”呼ばわりされ落胆したままならば、ディランは”フォークソング”という範疇に押し込められたままジョーン・バエズのように消え去っていたのは容易に想像がつく。

バエズの最近のライブ映像をYoutubeで見たが、相変わらずのバエズぶりである。
いまさら社会主義リアリズムでもないと思うのだが、まだ”We shall over come”とか歌っているのだろうか?
ディランとの三角関係のもつれで燃え尽きてしまった感のあるバエズだが、知的な印象なのに”激しい感情”が伝わってくる歌手だった。
以下の映像は、ディランとラブラブのころの映像。




この密着度がラブラブ!

Blowin' in the Wind

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, 'n' how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
Pretending he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

以下、グーグル翻訳

何本道が人の歩行なるか
あなたの前に彼を人と呼びなさいか。
何海が白い鳩の帆なるかはい、「n」
彼女が砂で眠る前にか。
何時間が飛ばなければ大砲球ならないかはい、「n」
彼らが永久に禁止される前にか。
答え、私の友人は、風のblowinである、
答えは風のblowinである。

何時間が調べなければ人ならないか
彼が空を見ることができる前にか。
何耳が持たなければ1人ならないかはい、「n」
彼が人々が叫ぶのを聞くことができる前にか。
彼が知っているまで何死がそれを取得決定するかはい、「n」
余りにも多くの人々は死んだことか。
答え、私の友人は、風のblowinである、
答えは風のblowinである。

何年が山を缶詰にするか存在しなさい
それの前に海に洗浄したか。
何年が何人かの人々存在している缶詰にするかはい、「n」
彼らが自由であることは許される前にか。
何時間が人の回転を彼の頭部が缶詰にするかはい、「n」、
ふりをして彼はどうしても見ないか。
答え、私の友人は、風のblowinである、
答えは風のblowinである。  

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ディラン礼賛 その2

2007年12月14日

米国人かフォーク狂いの青春時代を過ごした日本人ならディランを知らないはずはないのだが、一般常識的なディランについてはWikipediaを見ればよい。
最近自伝もでているので、それもまた興味深い本なので読破するのがディランの実態を知るには良いだろうことは言うまでもない。
なにしろご本人が書いているので、これ以上の真実はないだろう。
しかし、得てしてファンのディラン像というものは実体とはかけ離れてしまっているのも事実でもある。
偶像が実体を凌駕している。
過去の人物のキリストや仏陀もその類であろうことは簡単に想像がつくが、生きているディランやストーンズもその例外ではありえない。
結局のところ”俺のディラン”が一番重要なのであって、”おまえのディラン”や”あいつのディラン”また”著名人のディラン”など、まったく意味を成さないのである。
”偶像”は、本人のあらゆる物事のエッセンスのようなものなので、ある意味本人よりもさらに真実をもの語ってしまう、とも言えるかもしれない。

”Rolling Stone”は、”転がる石”なのであるが”風来坊”とか”浮浪者”の意味もあるようだ。
日本では”転がる石には苔がつかない”という諺があるし、同じような意味の諺に”石の上にも3年”などという、”この道一筋万歳!”みたいなコンセプトが根強い。
農耕民族ならではの発想であるが、遊牧民や狩猟民族にそのような薀蓄を語っても意味があるとは思えない。
転がっていればこそ得られるものもあるので、別によけいな苔なんかつかなくても良いと思う昨今である。
で、結局この”Rolling Stone”は”風来坊”と訳すのが適切だと思う、”転がる石のように”という邦題はマヌケすぎる。
内容的には”浮浪者のように”が正しいのだが、"Like a Rolling Stone"は”風来坊のように”が一番カッコイイと思う。
金持ちになったディランが、また無名になったときの事を不安に思って作られた曲らしいが、名曲である。



40・50ハナタレ坊主とか、50・60ハナタレ坊主とか、いろいろ言われるが、この映像をみていると”40・50ハナタレ坊主”の実感・大である。
ディランやミックは、70歳ちかいんだよね・・・スゲェよ、本当に!

良いものを見させていただきました・・・合唱?いや、合掌!

Like a Rolling Stone

Once upon a time you dressed so fine
You threw the bums a dime in your prime, didn't you?
People'd call, say, "Beware doll, you're bound to fall"
You thought they were all kiddin' you
You used to laugh about
Everybody that was hangin' out
Now you don't talk so loud
Now you don't seem so proud
About having to be scrounging for your next meal.

How does it feel
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

You've gone to the finest school all right, Miss Lonely
But you know you only used to get juiced in it
And nobody has ever taught you how to live on the street
And now you find out you're gonna have to get used to it
You said you'd never compromise
With the mystery tramp, but now you realize
He's not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And ask him do you want to make a deal?

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

You never turned around to see the frowns on the jugglers and the clowns
When they all come down and did tricks for you
You never understood that it ain't no good
You shouldn't let other people get your kicks for you
You used to ride on the chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain't it hard when you discover that
He really wasn't where it's at
After he took from you everything he could steal.

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

Princess on the steeple and all the pretty people
They're drinkin', thinkin' that they got it made
Exchanging all kinds of precious gifts and things
But you'd better lift your diamond ring, you'd better pawn it babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags and the language that he used
Go to him now, he calls you, you can't refuse
When you got nothing, you got nothing to lose
You're invisible now, you got no secrets to conceal.

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

昔々そううまく服を着た
ダイムあなたの全盛ののらくら者を投げた、そうですね?
People'd呼出しは」下るために「用心する人形、区切られる
それらがすべてのkiddinだったことを考えた
約笑うのが常であった
hanginだった皆
今そう大声で話さない
今あまり自慢していないようでない
あなたの次の食事のためにあさらなければならないことについて。

それがいかに感じるか
それがいかに感じるか
家なしにあるため
完全な未知数のように
圧延の石のようにか。

最も良い学校にすべての権利、Lonelyさん行った
しかしそれでただjuiced得るのが常であったことを知っている
そしてだれも通りに住む方法を教えられてない
そして今それに慣れなければならないだろう見つける
決して妥協しないことを言った
ミステリー放浪者、しかし今あなたで実現しなさい
彼はアリバイを販売していない
彼の目の真空に凝視するように
そして取り引きをしたいと思いなさいことをするためにことを彼に尋ねなさいか。

それがいかに感じるか
それがいかに感じるか
あなた専有物であるため
家方向無し
完全な未知数のように
圧延の石のようにか。

決して曲芸師および道化師のしかめ面を見るために向き直らなかった
皆来、あなたのためのトリック時
それがよいよでないことを決して理解しなかった
他の人々をあなたのためのあなたの蹴りを得るために割り当てるべきでない
あなたの外交官を持つクロム馬で乗るのが常であった
彼の肩をシャム猫続けていったかだれが
それを発見するときそれは懸命にない
彼は実際にそれがあるかどこににでなかった
彼があなたからすべてを取った後彼は盗むことができる。

それがいかに感じるか
それがいかに感じるか
あなた専有物であるため
家方向無し
完全な未知数のように
圧延の石のようにか。

steepleの王女およびすべてのきれいな人々
彼らはそれをなされて得たことdrinkin',のthinkinである
いろいろな種類の貴重なギフトおよび事の交換
しかしそれを質に入れるべきである可愛い人あなたのダイヤモンド指輪、持ち上げるべきである
あるのが常であったり従って楽しんだ
彼が使用した言語およびぼろきれのナポレオン
、彼は彼に電話するの断ることができない今行く
何も得なかったときに、失うことを何も得なかった
隠すために見えない今、得た秘密をでない。

それがいかに感じるか
それがいかに感じるか
あなた専有物であるため
家方向無し
完全な未知数のように
圧延の石のようにか。  

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